雑踏の中、わたしたちだけ。

3/3
39人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「……え?」 離れていった唇を目で追いかけると、やはり綾汰の顔にたどり着いた。飄々としていて、真意を読み取るのが難しかった。 すると、彼は一番ぶっきらぼうな顔を作り、ムスっとしたように顔を逸らしてから、こう言ってのけた。 「俺にすれば?」 一瞬心臓が止まったと思った。 「え……?」 「見ちゃったんだよ、翔琉に告白されてるとこ。」 「あ……うん。」 「OKするの?」 「それは……」 俯いて言葉を濁したわたしの顎を掴んで、綾汰は無理矢理視線を合わせた。 「だから、俺にしろって。」 その顔は怒っているようでいて、拗ねた子供のようでもあった。焦っているような、すがってくるような。 静かに闘志を燃やしているのがわかった。こんなに感情的になっているのは見たことがなかった。大切なことは言ってくれないのに、あまりにもあからさまな態度。 思わず愛しさが込み上げてきて、わたしは笑ってしまった。 「うん、そうする。」 いろんなことは、後から考えよう。今はこの、二人だけの世界に身を委ねてしまおう。 初めて、見つめ合って笑い合った。ごく自然に唇を重ねた。そうしてから、また笑い合った。 突然視界が開けたようだった。モヤモヤしていたのが嘘みたいだった。人混みでもみくちゃにされたことなんかも、すっかり忘れていた。 「もしもし、お二人さん。」 「あ。」 そうして気付けば、他の4人に見物されていた。 さて、これからどうするかな。 わたしたちだけの世界が、どうか壊れませんように。 「あーあ、俺完全に当て馬じゃん……。」 「おまえは当て馬でこそ輝く!」 「えー、じゃあわたしも!」 「陽葵、早まっちゃダメ!」 おしまい。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!