みにくい私の子

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「部長っ、勘弁してくださいよっ。なんなんですか、これはっ。エアカーとしての速度はおっそろしく遅いから、巣の近くへジャンプ移動しようとしたんです。でも、モニター画像がボケボケで着地地点が定まりませんでした。おかげでティラノサウルスの巣のど真ん中に不時着しちゃったじゃないですかっ」  うちの営業マン、佐藤がモニターから怒鳴っていた。  ふうん、そうか。ゆっくりと周りの景色を楽しめるようにと要請したら、そんなノロノロにしてしまったのか。後でエンジン部門には始末書を提出させよう。 「卵はボクが触れてもいないのに勝手に開いたんです。勘弁してくださいよぉ」  ほう、確か先日、制作部から卵の蓋の部分が重くて開けにくいから軽くしておいたとは聞いたが、そんなに簡単に開いてしまったか。それも報告事項に付け加えよう。 「それに3Dで恐竜の姿に見えるはずでしたよね。その同類映像、まったく作動していませんでしたよ。ったく、どうなってるんですかっ」  佐藤、文句多しとも報告書に記入した。私がそんなことをしているとは思っていない彼はさらに怒鳴っている。 「母親恐竜には最初から不審な目で見られたし、そのうちに涎(よだれ)が滝のように落ちてきて、ああ、あれは絶対にボクを食べようとしていたんだ。食べられたらどうしてくれるんですかっ。部長、聞いてますかっ」  あまりの声の大きさに、思わずボリュームを下げていた。    ふん、食べられていたら、まずこの報告は受け取ってはいない。部下からこんなにも責めたてられることもなかったはず。  あれ? 佐藤がまだなにか言っているらしいが、今度はまったく聞こえない。  ボリュームを絞りすぎたみたいだ。  これではまるで口パククイズみたいになっている。  はい、この人はなんて言ってるでしょうか、って感じで。  しかし、佐藤の手前、全部聞いているふりをしてうんうんとうなづく。  仕方がないからもう少しボリュームを上げた。 「部長っ、身の危険を感じたから慌てて卵から飛び出したんです。マシンがあのまま巣の中です。回収できませんでした。どうしよう。なんとかしてくださいよぉ。このままじゃ、帰れない」  それを聞いて、私は眉をひそめる。    そのマシンにうちの会社がいくら費やしたと思ってんだ、と心の中で毒づいた。  私も佐藤の不始末の責任をおわれるに違いない。  佐藤はもうモニターの向こうで泣きべそをかいていた。 「もう、こんな会社、やめてやるぅ。早く助けてください。早く」  そんな悲痛な叫びの途中で、急にプッツンと画像が途切れた。  私は暗くなったモニター画面を見つめていた。 「携帯モニターの電池も案外、長持ちしなかったな。ざっと数分ってとこか。これも改良すべきだ」  私は、佐藤が命がけで指摘してくれた問題点をメモっていた。  これらは全部、メカ開発部に苦情申し立てをしておく。  佐藤の努力は無にはしないぞ、ともう繋がらないモニターに向かってつぶやいていた。  社内全員で誰が試作品に乗るか大騒ぎしていたのは昨日。  クジ運の悪かった愛しい私の部下、佐藤。  救出するとなると次の恐竜ツアーが来月だから、それまでどうか無事でいてくれよ、と願うしかなかった。 「あ、佐藤はさっき、会社をやめるって言ってたな。じゃあ、退職届を代りに出しておいてあげよう」  そうつぶやいて、私はペンをとった。
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