一縷の望みと蛍の光

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○ 裏庭に連れて行かれた私は、ミナトのファン三人に囲まれていた。みんな顔が怒っている。 「えーと、なにかな」 「なにかな、じゃないわよ。あの男はなんなの」 「なにって、黒田くんだけど」 「そういうことを聞いてるんじゃないわよっ」 なぜか怒られてしまった。 「信じらんないわ。ミナトくんって人がいるのに、あんな地味な男にまで粉をかけるなんて!」 粉をかける? 私は黒田くんが粉まみれになる様子を想像して笑った。 「なにがおかしいのよっ」 「あ、ごめん」 三人の中で真ん中にいる子がふーっと息を吐いて腕組みした。この子、なんかボスっぽい。 「ま、あんたにはアレくらいの男がお似合いだろうけど」 なんでみんな黒田くんのこと馬鹿にするんだろう? 「黒田くんってすごく歌がうまいんだよ」 「はあ? 聞いてないし。っていうか興味ないし」 彼女はそう言って、私の顔の横に手をついた。最近良く壁ドンされるなあ。そう思っていたら、その子がすっと目を細めた。 「こないだ水かけてやったのに、まだ懲りないみたいね」 彼女は他の女の子に顎をしゃくって、ホースを持ってこさせた。二人が私の脇にまわって拘束してくる。ボスが蛇口の元栓をひねると、水が流れ出す。 「なんの取り柄もないくせに、幼馴染ってだけでミナトくんに近づくんじゃないわよ……!」 ボスは私にホースの口を向けたが、水は出てこない。 「あ、あれ?」 ふと、女の子たちの後ろに黒田くんが立っているのに気づいた。いつのまに。よく見たら黒田くんはホースをふんでいる。あのせいで水が出ないのだろう。彼はしーっと指を立て、ホースからぱっと足を離す。 ボスがホースの口を覗き込んだ次の瞬間、ぶわっと水が溢れ出た。 「きゃあっ」 水を浴びたボスがずぶ濡れになる。彼女は鬼の形相で振り返り、黒田くんを目にしてぎょっとする。 「あんた、さっきの……」 黒田くんはべっと舌をだした。 「こないだのお返しだ。行くぞ、千秋」 彼はこっちに来て私の腕を掴む。 「ちょっと待ちなさいよ!」 ボスが黒田くんの前に立ちふさがった。黒田くんは鬱陶しそうに彼女を見て、私に声をかけた。 「おい千秋、なんの取り柄もないかどうか見せてやったらどうだ?」 「え?」 彼がマイクを持つそぶりをしたので、私はぱっと顔を明るくする。 「1,2,3、4」 黒田くんはカウントした後「上を向いて歩こう」を歌い出した。思わぬ美声に、女の子たちがぎょっとする。私は黒田くんの歌に合わせてボイパした。裏庭に二人のハーモニーが響き渡る。黒田くんの抜けるようなボーカルに私の音が合わさって、すっごく気持ちいい! 黒田くんは歌うのをやめて、ぽかんとしている女子三人を見回す。 「うまいかどうかはおいといて、こいつにはやりたいことがある。誰かを痛めつけるんじゃなく、自分が楽しむための術を知ってる。それだけで立派だと俺は思うけどね」 女の子たちがぐっと言葉に詰まった。 黒田くんは「行くぞ」と言って、私の腕を引いて歩き出した。つんのめるように歩き出した私は、渡り廊下に誰かが立ちすくんでいるのに気づいた。 「あ、小山内さん」 小山内さんは私と視線があうと、慌てて立ち去った。黒田くんは小山内さんには構わず、くるっとこちらを振り向いた。 「おまえな、ああいうのにノコノコついてくんじゃ……」 私は黒田くんの手をがしっと掴んだ。 「すごいよ黒田くん! すっごくかっこよかった!」 興奮している私を見て、黒田くんが呆れる。 「人の話聞いてんのか」 「今日、一緒に部活に行こう! みんなにもいまの歌声聞かせようよ。ベースとソプラノが入ったらもっとよくなるよ」 「だから、誰が入部するって言ったんだよ」 「え? しないの?」 私はきょとんとして黒田くんを見上げた。黒田くんは髪をかきあげてため息をつく。 「わかったよ。やればいいんだろ。ただしバイトがあるから長くは無理だぞ」 「やった! 絶対だよ!」 私は黒田くんのあとについてスキップする。黒田くんは「変なヤツ」と苦笑していた。前からやってきた生徒会長とすれ違う。 「あっ、会長こんにちは!」 「おい、廊下をスキップするんじゃ……」 生徒会長はハッと足を止めて黒田くんを見た。 「レイ……」 黒田くんはちらっと生徒会長を見て顔をそらした。歩き続ける黒田くんに声をかける。 「ねえ、黒田くん。会長と知り合い?」 「……まあな」 黒田くんは言葉少なに答えて、そのまま黙り込んだ。私は黒田くんと一緒に歩きながら、背後からの会長の視線を感じていた。
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