金髪のキミと廃部の危機

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◯ 私が通っている明日葉高校は、県内では真ん中あたりの偏差値の、ごく一般的な高校だ。他の高校とちょっと違うのは、部活動の数が尋常じゃないってこと。同好会を含めると、文化部の数は50を超える。吹奏楽部や美術部と言ったメジャーな部活から、茶道、書道、UFO研究会やパソコン部、それから我がアカペラ部といったちょっと珍しいものまで色々ある。 フツーの部活には興味がわかないってひとも、うちにくれば絶対にやりたいことが見つかるはずだ。部を新設するのも簡単で、申請用紙に代表者の名前をかけばオッケー。簡単すぎて、実質活動してない部活もあったりするのだ。なんで活動しないのに部を作るのかって? 部活動をやってたかどうかは内申に関わるからかな。 私の場合、内申なんてどーでもいい。どうせアホだし、いい大学に行けるとは思ってない。私はとにかく、アカペラがやりたいのだ! 教室が入ってる棟の向かい側には、部活棟と呼ばれる文化部が集まる建物がある。この建物、結構老朽化していて今にも崩れそうなんだよね。私は渡り廊下を進んで部活棟へ向かい、3階の突き当たりにある教室を目指した。 部室へ向かうと、扉の前に誰かが立っているのに気づいた。キノコみたいな頭をした男子生徒。上靴の色が青だから、多分一年生だろう。私はその子に近づいていき、声をかけた。 「もしかして、アカペラ部に入部希望?」 彼はビクッと震えて目を泳がせた。 「いっ、いや、ぼくは」 「よかったら入ってよ! うちは常時部員募集中だから」 キノコ頭の子はぶんぶんとかぶりを振り、ものすごい勢いで駆けて行った。私はキョトンとしてその後ろすがたを見送る。 扉をガラリと開けると、窓際にいたユイちゃんの声が飛んでくる。 「千秋おそいよ~」 「ごめんごめん」 私はイヤホンを外してポケットに突っ込んだ。室内に入るやいなや、妙にいい匂いが漂ってくる。匂いがするほうを見たら、頭にタオルを巻いた少年がたこ焼きを焼いていた。竹串を使って、たこ焼きをくるくるとひっくり返している。 彼はこっちを見てニカッと笑った。 「おう、千秋。遅かったな」 「桃瀬先輩、こんにちは」 私は先輩に寄っていって、たこ焼きの匂いをクンクン嗅いだ。 「あー、いい匂い」 「また六条のことで絡まれてたんか?」 「よくわかりましたね」 「黄波の顔にそう書いてあるやん」 ユイちゃんは窓際から離れて、部屋の隅に置かれているキーボードをポーンと鳴らした。手首のスナップを効かせ、音階を一気に弾く。 「あの人達も懲りないよねえー。千秋に文句言ったって、ミナトくんに近づけるわけでもないのに」 「人気者の幼馴染ってのも大変やな。ほい、たこ焼き」 私はおおきに~、と言って先輩が差し出してきたたこ焼きを受け取る。あつあつのたこ焼きを口の中に入れると、とろっとした生地の食感。それから紅生姜の辛味とともにタコの風味が口の中に広がった。あまりの美味しさに、私は目を輝かせる。 「んまっ!」 「せやろ。青のりかけるか?」 「かけまふ」 先輩が差し出してきた青のりを受け取り、たこ焼きの上にぱらぱらとかける。ついでに鰹節もかけると、さらにうまさがアップした。私はハフハフと息を吐きながら言う。 「さすが先輩、本場生まれですね」 「あっはっは、そうやろそうやろ、褒めてもたこ焼きしかでんけどな!」 がはは、と笑う先輩を見て、ユイちゃんは呆れている。 「ふつー部室にたこ焼き器持ち込みませんよね~。黒田会長にバレたらいちゃもんつけられますよ」 「大丈夫や。火もつかっとらんし。家庭科部より安全やで。ほれ、黄波も食べ」 ふわふわと鰹節が踊るたこ焼きを差し出す先輩。ユイちゃんはごくりとつばを飲み込んだが、腕を突き出して拒否した。 「いいです! 太るしっ!」 先輩は「さよか」と言って、自分の口にたこ焼きを放り込んだ。ユイちゃんは恨めしげに先輩を見た。 「先輩はいいですよね~、いくら食べても太らないし」 「太らんように歌でエネルギー消化しとるんやんか」 「合唱部なら腹筋背筋でエネルギー消費になりますけどねえ」 ため息をついたユイちゃんに、先輩がすかさず突っ込む。 「ついていけんでクビになったくせに何言うとんねん」 「うわっ、ひとが気にしてることをそんなハッキリ言いますう?」 ユイちゃんはたこ焼きのように頬を膨らませた。今は元気だけど、合唱部を「クビ」になったときはほとんど鬱みたいになっていた。 ユイちゃんは合唱部を自主退学(ってのは表向きで、無理やり退部させられた)になって、2ヶ月前うちの部に来た。最初先輩に会ったとき、ユイちゃんは明らかに引いていた。 「え、こ、このひとなんでたこ焼き焼いてるの~?」 「良い質問や、黄波」 先輩は竹串をくわえ、かっこつけながら答えた。先輩は「モテたい」プラス「たこ焼きを焼きたい」という願望でうちの部に入ったひとなのである。 「俺は大阪育ちでな、中学んとき、たこ焼き器メーカーに勤めるおとんの転勤でこっちに来たんや」 先輩はふっと目線を動かした。 「東京モンは冷たいからな。なかなか馴染めんかった」 「は、はあ」 「俺はみんなと仲良くなるため、弁当にたこ焼きを持っていくようになった。そしたらあっという間に人気モン。たこ焼きは最強のコミュニケーションツールなんや」 「はあ……」 はじめは思いっきり不審がっていたユイちゃんだが、先輩が焼いたたこ焼きを食べた瞬間美味しさの虜になった。そして、今ではすっかり仲良しになっている。つまり、「一緒にたこ焼きを食べれば仲良くなれる」という先輩の持論は間違っていないのだ。 私はごくんとたこ焼きを飲み下して尋ねる。 「今日は何歌います?」 「米津玄師の「lemon」はどうや? 楽譜持ってきたんや」 先輩がカバンから楽譜を取り出す。 「あっ、いいですね」 私と先輩が盛り上がっていると、ユイちゃんが「ハモリって、どんな曲でもできるの?」と聞いた。 「うん、できるよ。音をずらしていくんだ」 私はキーボードで「ドレミ」の和音で弾いた。 「これを各パートが一音ずつ同時に歌うのがハモリなの」 こんどは「ド」と「レ」と「ミ」を別々に弾く。 「各パートがあるところは合唱と一緒。いちばんの違いは伴奏がないってことかな」 アカペラっていうのはもともとイタリア語で「聖堂風に」って意味。教会で伴奏無しの聖歌を歌っていたのが始まりなのだ。 ユイちゃんが「でも、合唱と違ってリードボーカルを目立たせなきゃいけないんだよね」と言う。 「まあ、結果的にはな。リードボーカルが「メロディ」を作って、他のパートが「ハーモニー」を作るんや」 「んー、よくわかんない」 「じゃー改めて説明しましょう!」 私は隅っこに放置してあったホワイトボードを引きずってきて、インクがなくなりかけたペンできゅきゅっと字を書いた。 ・リードボーカル ・コーラス(ソプラノ、テノール、アルト、バス) ・ベース ・ボイスパーカッション 「リードボーカルっていうのは主旋律を歌うひとで、基本的にはそのグループで一番歌のうまい子がやります」 「千秋ちゃんだよね」 「うん、一応。先輩とかユイちゃんに比べると下手っぴだけど」 私は音痴ってわけじゃないけど、ユイちゃんみたいに声がきれいなわけでも、先輩みたいに音感がいいわけでもない。でもアカペラ部を設立したのは私なので、言い出しっぺの法則で一番目立つリードボーカルをやってるってわけ。私はペンをマイクに見立てて握った。 「それに、私の専門はボイパなの」 「マイクとか使ってやるやつだよね。ドゥドゥパッみたいな」 「そうそう」 ボイパっていうのはボイスパーカッションのこと。楽器に例えると、ドラムとかストリングスとかの役割。唯ちゃんはほっそりした指でボードを指指す。 「私はコーラスの「ソプラノ」だよねー?」 「うん」 コーラスはリードボーカルを支えて、きれいなハーモニーを作るのが役割だ。中学校時代から合唱部だったユイちゃんは私よりずっと歌がうまいので、一緒に歌うとコーラスのほうが目立ってしまう。 「で、先輩がやってるベースっていうのはコーラスを更に支える、一番技術のいる役割ね」 「せや。いわばお好み焼きの下に引いていある焼きそばみたいなもんやな」 ドヤ顔の先輩にユイちゃんが突っ込む。 「いや、そのたとえよくわかんないですよ~」 今まで、アカペラ部は先輩と私の二人だけだった。でもユイちゃんが入ってくれて、ハモリは結構さまになってきた。 でもハモる上で3人は明らかに少ないので、できればもうひとり追加したいのだ。 さっきの子が入ってくれたらいいんだけどなあ。私はボードを元の位置に戻して尋ねる。 「ねえ、二人の知り合いにキノコ頭の男の子っている?」 「キノコ?」 「さっき教室の前にいたんだ。多分見学希望者だと思うんだけど」 先輩もユイちゃんもかぶりを振った。 「この時期に入部希望者なんておるかいな。歌のうまいやつらはみんな合唱部に入っとるやろし」 「うん……私みたいにクビになった人が流れてくることはあるかもしれないけどね」 暗い声を出すユイちゃんを、私と先輩は慌ててフォローする。 「わ、私はユイちゃんがうちに来てくれて嬉しいよ」 「せや、ほら、暗いこと言ってないで練習しよ」 「そうですね……」 まずは、曲の中で一番高い音を見つけ出す。その音を出せればオッケーだけど、無理そうだったらキーを下げる必要がある。 キーを調整したら、その楽譜を元にアレンジをしてそれぞれのパート音をつくる。 キーボードを弾いて確認したあと、実際に歌ってみるのだ。 「じゃあ行くよ、ワン、ツー、スリー、フォー」 同時におんなじ音を出すのはとてもむずかしいので、合図をしてから歌い始める。 私とユイちゃん、先輩のハーモニーが教室に響いた。 ハモるのは一人で歌うのとはぜんぜん違う。ピアノもキーボードもいらない。2人以上いれば、ハーモニーが作り出せるってすごいことだ。 1時間ほど練習したあと、欲望に負けたユイちゃんは、たこ焼きに手をつけた。もうすぐ夕飯の時間だけど、私もついつい食べてしまう。本場で育っただけあって、先輩の作るたこ焼きは絶品だ。ユイちゃんはもぐもぐたこ焼きを食べながら尋ねる。 「そういやさ、生徒会長となんか話してなかった?」 「ああ、明日重大発表があるんだって」 先輩が重ねて問うてきた。 「なんやねん、重大発表って」 「さあ」 もしかして文化祭のことかも。うちの学校は部活が多いので、文化祭もけっこう大々的にやるんだよね。 クラスごとの出し物の他に部活動の発表の場として「ステージ審査」っていうのがあって、生徒の投票によって優勝が決まるのだ。優勝できるとは思ってないけど、参加することに意義があるって言うし、せっかく部を作ったんだから出てみたい。文化祭までにちゃんとした部員を5人、せめて4人に増やしたいなあ。その時、上から何かがぴちょん、とたれてきた。視線をあげると、天井にシミができている。先輩は私の視線を追って「げっ」と声をあげた。 「うわ、雨漏りしとる」 「昨日、結構雨降ったもんねー」 ユイちゃんはロッカーからバケツを取り出してきて、雨漏りのしているところに置いた。ぽたぽたと垂れた水滴がバケツの底に溜まっていく。部活棟は旧校舎を使っているので、雨風に弱いのだ。 たこ焼きを食べ終えて昇降口へ向かっていると、音楽室から怒鳴り声が聞こえきた。 「おまえのハーモニーがずれてんだよっ、クビになりたいのか!?」 「す、すいませんっ」 扉の隙間から伺うと、顧問の織田先生に叱られた女の子が泣きそうになっていた。他の生徒たちは、凍りついたようにうつむいていた。先輩は身をすくめて言う。 「うわー、すごいな。クビって会社やないんやから。なあ、ユイ」 先輩はユイちゃんに視線を向けてぎょっとした。ユイちゃんは真っ青になってガタガタ震えている。 「ううう」 「あっ、ユイちゃんのトラウマが」 私と先輩は、青ざめて震えているユイちゃんの背を慌てて撫でた。そうすると、ユイちゃんの呼吸が落ち着いてくる。 うちの合唱部は外部から有名な指導者を呼んでいて、部費も潤沢で、超優遇されている。でも、見ていて全然楽しそうに見えない。 アカペラ部は弱小だけど、クビとか物騒なシステムはない。プロを目指すわけじゃないし、楽しいのが一番だよね。 外に出ると、すっかり日が暮れていた。秋の夕暮れって、見るとお腹が空いてくるのはなぜだろう。さっきあんなにたこ焼きを食べたのに、半熟卵みたいな夕日を見ているとお腹がぐーっと鳴りそうになる。 「ほななー」 「また明日ね~」 すっかり調子を取り戻したユイちゃんが手を振る。私は手を振りかえして歩き出した。私の家は、学校から歩いて5分のところにある。ちょうど校門前の信号が赤になったので足を止めた。あー、お腹へったなあ。信号を待ちつつお腹をさすっていると、バス停に見覚えのある男子生徒が立っていることに気づいた。ひょろっと長いシルエット。あれ? あのひと、黒田くんだ。部活とかは入ってないみたいだけど、こんな時間まで何してたんだろう? ようし、これを機会に声をかけてみよう。私はスキップしながら黒田くんに近づいていき、肩を叩いた。 「や! 黒田くん今帰り?」 振り向いた黒田くんはヘッドホンをしていた。私が欲しかったハイレゾのいいやつ。お金持ちなんだなあ、黒田くんって。 「何聞いてるの?」 黒田くんはながーい前髪の隙間から私を見た。 「……」 それからふっと顔をそらす。えっ、無視? それとも聞こえなかったのかな。 シャカシャカシャカシャカ。黒田くんのヘッドホンからビートが聞こえてくる。これ、どっかで聴いたことあるなあ。っていうか、黒田くんって大きいよね。見上げてると首が痛くなりそう。私はシャカシャカという音の合間を縫って尋ねた。 「ねえ、黒田くんってなんか部活入ってる?」 「入ってない」 「じゃあなんでこんな遅くまで残ってたの?」 「図書室で本読んでたから」 「へー、読書少年なんだね。私、本読むと5秒で眠くなっちゃうよ」 そう言ったら、黒田くんが馬鹿にしたような顔で笑った。 「羨ましい特技だな。不眠知らずじゃないか」 「え、そうかな?」 褒められちゃった。頭の後ろに手をやって照れていると、黒田くんが「ほめてねーよ」とつぶやく。それっきり話さなくなった黒田くんをじっと見る。なんかイメージが違うな。もっと引っ込み思案な人なのかと思っていた。ちょうどバスがやってきて、私達の前で停車する。黒田くんはさようならも言わずにタラップを踏んだ。私はその背に声をかける。 「I pray a little prayer。いい曲だよね!」 そう言ったら、黒田くんがハッと振り向いた。その瞬間、前髪がふわっと浮き上がって隠れていた瞳があらわになった。意外にも彼の目は狼みたいな青灰色だ。黒田くんがなにか言う前に、バスのドアがプシューと音を立てて閉まる。私は、黒田くんを乗せて去っていくバスにぶんぶん手を振った。 「また明日ねー!」 ちょうど信号が青に変わって、ぱっぽ、ぱっぽ。とかわいい音が鳴る。私はポケットから取り出したイヤホンをして、スキップしながら歩道を渡った。
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