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私はそわそわしながら教室の出入り口を見ていた。今日は黒田くんの停学が解ける日なのだ。教室の扉がガラッと開いて、黒田くんが入ってきたので駆け寄って行って声をかける。
「おはよう、黒田くん」
黒田くんはちらっとこちらを見て短い挨拶をする。
「ああ」
「これ、休んでる間のノート。って言っても私じゃなくて委員長のなんだけど」
「悪いな」
黒田くんは私が差し出したノートのコピーを受け取って席につく。なんだか様子が変だ。学校に来たの、久しぶりだからかな? 私が首をかしげていると、クラスメートが声をかけてきた。
「ちょっと千秋、あんま黒田と関わんないほうがいいんじゃない」
「そうだよ。あいつ、停学食らうようなやつだよ」
「だからそれは」
反論しようとしたら、チャイムが鳴り響いた。席についた私に、梅田くんが話しかけてくる。
「なあ、黒田となに話してたの」
「え? なにって別に」
「停学中、やべーやつらと出歩いてたって噂だぜー」
「そ、そんなの嘘だもん」
「そーかなー」
むっとする私を見て、彼はにやにや笑っている。私はふんと顔をそらし、教科書を取り出した。
午前中の授業が終わって昼休みの時間になると、黒田くんが席を立った。どこに行くんだろう? 教室を出た黒田くんを、私は慌てて追いかける。黒田くんは二年A組の教室へ向かい、誰かを呼ぶように頼んでいる。しばらくして、会長が教室から出てきた。二人は連れ立って階段の踊り場へ向かう。私は階段の下で、二人が会話する様子をこっそり見守った。黒田くんは会長に作文用紙を差し出す。
「これ、停学中の反省文」
「ああ」
会長は作文用紙を受け取って、「停学中は何をしていた」と尋ねた。
「家にいたけど?」
「おまえがハデな連中とつるんでたって噂がある」
「どんな噂が流れようとどうでもいいよ。本当だろうが嘘だろうが、面白ければそれを信じるんだから」
黒田くんは冷めた口調でそう言って、懐から出した細長い封筒を差し出す。
「これ、退部届」
「……辞める気か、アカペラ部を」
「ああ。じゃあな」
踵を返した黒田くんが、私と視線を合わせる。
「千秋……」
私は階段を駆け登って、会長の手から退部届をひったくった。黒田くんがぎょっとして私の腕を掴む。
「おい、何してんだ」
「黒田くんがやめたら、誰がリードボーカルやるの!?」
「あのミナトってやつに頼めよ。そのほうがアカペラ部の連中も……」
「やだ!」
私はわなわなと唇を震わせた。
「黒田くんじゃないと嫌だ。私は黒田くんの歌が好きなんだもん!」
「千秋……」
私と黒田くんが見つめ合っていると、会長が咳払いした。
「盛り上がっているところ悪いが、辞めるのか辞めないのか、どっちなんだ?」
黒田くんは黙り込んでいる。会長は、私の手から退部届を抜き取った。
「あっ」
「とりあえず、これは預かっておく」
彼は退部届を懐にしまい、黒田くんをちらっと見た。黒田くんは私の背を押し、「ほら、教室帰るぞ」と言う。私はうなずいて、黒田くんと一緒に歩き出した。教室に戻ると、ちらちらと視線が飛んできた。クラスメートたちは病に聞こえる程度の音量で話す。
「黒田ってさー、どこの中学出身なんだろうね」
「えー? 知らない。この辺じゃないよね」
「もしかしてさ、なんかやばいことして遠くの高校にきたとか?」
「こわー。地味そうに見えてけっこー危ないんじゃない?」
私は彼らに反論しようとした。その時、委員長がすっくと立ち上がった。彼女は黒田くんのほうを見て口を開く。
「黒田くん、私達、あなたに興味があるの」
「ちょ、何いってんだ、委員長」
慌てる男子生徒を目でいなし、委員長は続ける。
「あなたが隠していることを教えてくれないかしら」
私は黒田くんを見上げる。黒田くんは教壇にあがって口を開いた。
「黒田レイ。アメリカ生まれ、日本育ち。所属はアカペラ同好会。誕生日は10月20日、血液型はAB型。家族構成は両親、兄、叔父。小学校まで日本にいたけど、馴染めなくて海外に行った」
「へー、海外」
誰かがつぶやく。
「海外でもアカペラをやってた。一応プロとして活動してたけど、トラブルで辞めた。で、日本に帰ってきていまこのクラスに居る。なんか質問は?」
「はい」
手を上げたのは委員長だ。黒田くんに指名されると手をおろし、「なんでそのことを隠していたの?」と尋ねた。
「別に隠してない。聞かれなかったから答えなかっただけだ」
それは絶対ウソだ。黒田くんは今まで、明らかに地味系男子を装ってた。
「はいっ」
梅田くんが手を挙げた。
「やべーやつらと一緒にいたって噂は本当なわけ?」
「叔父の店に派手な客は来るけど、店の外では会ってない」
「じゃあデマなんだ」
あっさりと言った梅田くんに、他のクラスメートが反論した。
「いやいや納得すんなよ! じゃあなんでそんな噂がたつんだよ」
「俺を貶めたいやつがいるから。あるいは、空気だ」
「空気?」
「俺を除け者にしようっていう空気。誰が悪いわけでもない。自然とそういうのが生まれるんだ」
「でも普通そんな噂たたないって。恨まれる心当たりとかねーの?」
皮肉っぽい声に、黒田くんは淡々と返した。
「何かをしようとするだけで、誰かの恨みをかうこともある。俺の場合はアカペラだ。俺がアカペラやるのが気に入らないやつがいる」
「それって変だよな」
「ああ、誰が何しようが自由じゃん」
クラスメートたちの言葉に、黒田くんが表情を緩めた。
「他に質問は?」
「はーい。じゃあさ、黒田は文化祭で歌うんだよね」
わくわくした表情で尋ねたクラスメートに、黒田くんはかぶりを振る。
「俺は出ない」
「えーっ、そうなの?」
「聞きたいよなあ、黒田の歌」
クラスメートたちがわいわい話す。黒田くんは私のほうに歩いてきて、「こいつは出るから」と言ってその背を押した。クラスメートたちが集まってきて「何歌うの?」と尋ねてくる。
「え、えーと」
しどろもどろになる私をよそに、黒田くんは自分の席について本を開いた
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