ミサンガと告白

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放課後、私と黒田くんは廊下で話していた。ミナトを練習に誘ったが、返事は来なかった。 「他のやつら、なんて言ってる?」 「ラインで連絡したんだけど、既読スルーなんだ」 私はスマホ片手に俯いた。3日前から、先輩ともユイちゃんとも青井くんとも連絡をとっていないのだ。このままだめになっちゃうのかな……。黒田くんはそうか、と相づちを打ってこちらを見下ろす。 「ってことは、二人っきりだな」 「え? っ」 黒田くんは私の手をぎゅっと握りしめた。私は真っ赤になってあたりを見回す。 「ちょ、なんで手」 「好きって言ったじゃん」 「う、歌がだよ」 「歌だけ?」 黒田くんの青灰色の目が覗き込んでくる。視線をうろつかせていると、生徒会室から聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「いやー、しかし会長ってのはえらいもんやな、全校生徒の代表なんて大変でっしゃろ。肩もみましょうか」 このコテコテの関西弁は……。私と黒田くんは生徒会室の中を覗き込んだ。桃瀬先輩が会長のまわりをウロウロしている。 「これ、明太子入のたこ焼きなんです。おひとつどないです?」 会長はうっとおしそうに先輩を見て、「さっきからなんなんだ、桃瀬」と言う。 「ほら、黒田の件。クレーム言ってきたやつのメルアド教えてもらえんかなあって」 「無理だ。守秘義務がある」 「そこをなんとか~」 「無理なものは無理だ」 下手に出ていた先輩がキレた。 「あんたそれでも兄さんかいな! 黒田のこと守ったろうとは思わんのか!」 「うるさい。邪魔だからさっさと出ていけ」 会長に追い出された先輩が吠える。 「かーっ、なんやねんこのボケ! どケチメガネ!」 先輩はぶつぶつ言いながらこちらを見て、「あっ」と声を漏らした。気まずそうに視線をうろつかせ、たこ焼きを背中に隠す。 「な、なんや自分ら。いたんか」 「先輩、何してるんですか」 「何って、このままやられっぱなしは悔しいやん」 会長はそう言って唇を尖らせる。 「あの会長ほんまいけずやわ」 「でも、黒田くんと距離をとろうって……」 「だって、停学中にはしゃいどったらあかんやろ」 私と黒田くんは顔を見合わせて笑った。部活棟は立入禁止になってしまったため、先輩は空き教室にたこ焼き器を持ち込んで、私達にたこ焼きを振る舞った。ちなみに黒田くんはタコが嫌いらしく、明石焼きを食べている。くるくるとたこ焼きをひっくり返しながら、先輩が尋ねた。 「なあ、青井とユイはどないしてん」 「返信がないんです。もう帰っちゃったのかも」 たこ焼きをたべながらスマホを眺めていたら、バタバタと足音が聞こえてきた。がらっと扉が開いて、ユイちゃんが入ってくる。その後に続いて、青井くんがやってきた。私と先輩は驚く。 「ユイちゃん? 青井くんも」 「どないしたん、そんなに慌てて」 ユイちゃんはぜいはあと息をついて、勢いよく顔をあげた。 「わかったよ!」 「は?」 「だからあ、あの写真が偽物だってわかったの。ねっ、青井くん」 「う、うん」 青井くんはパソコンを開いて、私達のほうへ向けた。画面には、黒田くんの飲酒写真が写っている。 「この写真、どうしたんや」 「会長に貸してもらった。これ、フォトショで加工してるんだ」 「フォトショ?」 「画像加工用のアプリだよ。画像検索で適当に選んできた写真を、黒田くんの写真と合成したんだと思う」 そんなことができるんだと、私はびっくりする。 「便利な世の中だよね~」 しみじみと言ったユイちゃんに、先輩が突っ込む。 「いや、感心してたらあかんやん」 「でも、誰がそんなこと……」 私は黒田くんに視線を向けた。 「誰がやったかは、なんとなくわかってる」 黒田くんがそう言った直後、扉がかたんと鳴った。扉を空けると、真っ青になった小山内さんが立っていた。 「小山内さん?」 小山内さんはふらふらと部室に入ってきた。 「ねえ、なんでこのひと受け入れてるの? マネージャーに暴力振るったのよ? チャリティーフェスを台無しにしたのよ」 どうして小山内さんがそんなことを知ってるんだろう。黒田くんはじっと彼女を見ている。もしかして、黒田くんが疑っているのは……。 「なんでって、黒田はそんなやつちゃうからやん」 「そうだよー。黒田くんは偉そうだけど理由なくそんなことするひとじゃないよ」 「く、口は悪いけど、悪いひとじゃない」 先輩とユイちゃん、それから青井くんの言葉が続けて言う。小山内さんはわなわなと唇を震わせた。 「なんなの……?」 「おまえ、合唱部クビになったんだってな」 黒田くんの言葉に、小山内さんがはっと振り向いた。 「な、なんでそれを」 「今朝、おまえのクラスのやつから聞いた」 黒田くんは小山内さんに何かを差し出した。それは手紙みたいだった。 「これ、下駄箱に入れたのおまえだろ」 手紙には、「あなたはアカペラ部にふさわしくない。今すぐやめないと、昔のことを暴露する」と書かれていた。 小山内さんはへなへなとしゃがみこんだ。私はそっと小山内さんの肩に触れる。 「小山内さん……」 「触んないで!」 彼女は私の手を振り払った。ぐしゃぐしゃと髪をかき回す。 「なんでよ……私は努力したの……精一杯やったのに」 肩を震わせ泣きじゃくる小山内さんに、黒田くんがハンカチを差し出した。 「合唱部なんて、俺達が潰してやるよ」 「つ、潰すって言い方はどうかな」 「そや、また変な噂流れるで」 青井くんと先輩が言葉を挟む。 私は泣き止んだ小山内さんを校門まで送っていき、「元気だしてね」と言う。小山内さんは何も言わずに頭を下げ、そのまま歩いていった。空き教室に戻ると、先輩の声が聞こえてくる。私は扉を開けて中の様子を伺った。 「なあ、あの小山内ってやつ帰してよかったんか? きっつい罰とか与えたほうがよかったんやない?」 「まあ、黒田くんがいいって言ってるし」 「私、ちょっとだけ小山内さんの気持ちわかるなあ」 青井くんに続いて、ユイちゃんがポツリとつぶやいた。 「クビって言われると、いらないって言われたきがするんだよ」 「いらないやつなんていない」 黒田くんの声に、みんなが頷いた。 「せやな、現にうちは一人でも欠けたらできへんし」 「そうそう、だれもクビにできないよね~」 ユイちゃんも、小山内さんも、いらないひとなんかじゃない。会長をぎゃふんと言わせるとか、廃部がどうこうとか、どうでもいい。合唱部に勝ちたい。初めてそう思った。私は教室に足を踏み入れて、「練習しよう」と言った。 帰り道、お腹がへったので、みんなで学校の近くにあるコンビニへ向かった。 「なんかさあー、アカペラ部の証みたいなのほしいよね~」 そう言ったユイちゃんに黒田くんが尋ねる。 「証ってなんだよ」 「Tシャツとか?」 と青山くん。 「そんなの作る金あらへんよ」 先輩がかぶりを振る。私は思いついて言った。 「あっ、自分のカラーのものを身につけるとかどう? 例えば黒田くんなら黒とか」 「六条はどうするんだ?」 黒田くんの言葉に、私は小声で返した。 「ミナトは……文化祭には出ないと思う」 入部したのはいいけれど、結局忙しくて練習に参加してないのだ。それに、告白されて以来ちょっと気まずいし。コンビニに入ろうとすると、すれ違いで会長が出てきた。 「会長も買い食いですかー?」 ユイちゃんの言葉に、会長が冷たく返した。 「おまえらと一緒にするな。ノートがなくなったから買いに来ただけだ」 そのまま立ち去ろうとした会長に、黒田くんが声をかける。 「兄貴」 会長が立ち止まった。 「俺は文化祭に出る」 「……何を言われても知らんぞ」 「別にいいよ。信じてくれるやつらがいるから」 会長は何も言わずに歩いていった。黒田くんはその背中をじっと見つめていた。 自宅に戻った私は、玄関のあかりがついていることに気づいた。しかも、鍵が空いている。そうっとドアを開けると、玄関に見覚えのある靴が並んでいた。しかも、リビングのほうから陽気な笑い声が聞こえてきた。まさか。私は急いで靴を脱いでリビングに向かう。リビングでは、テレビを見ながら笑っている両親の姿があった。私は思わず持っていたカバンを床に落とした。 「母さん、父さん!」 「あら千秋、ただいま」 母はチキンをかじりながらのんきな声で言う。 「ただいまって、いつかえってきたの」 「ついさっきよ。あ、これお土産」 差し出されたのは自由の女神の形をしたライターだった。こんなの何に使えば良いんだろう。 「っていうか、なんでふたりとも戻ってきたの?」 チキンを食べ終えた母は、ピザを口に運ぶ。 「千秋が連絡してきたんでしょ、ミナトくんが辞めるって言ってるって」 「そうそう。心配して戻ってきたんだぞ」 「遅っ……それだいぶ前だし」 「ん? じゃあもう心配ないのか。帰ってきて損したな」 父があはは、と笑ってお酒をグラスに注いだ。 「にしても、Kはどこにいるのかなあ」 母は父にお酒を注いでもらいながら言う。 「あれだけの才能だもの、姿を隠していてもきっと何らかのオーラを放ってるはずよ」 「ああ、そうだな。我々ならすぐ見つけられるだろう」 自信過剰な親である。 「Kの正体なら、知ってるよ。うちの学校にいる」 私の言葉に、両親が同時に「えっ」と声を漏らす。 「そうなの? どんなひと?」 「教えない。見ればわかるんでしょ?」 「千秋ってば! いつからそんなひねくれた返事をするようになったの」 「まあまあハニー。興奮するとせっかくの美貌が台無しだよ」 「やだダーリンってば」 もうやだ、この両親。 「ああそうだ千秋。ミナトくんにもお土産を渡してきなさい」 そう言って渡されたのは星条旗柄のジャケットだった。うわあ、ハデ。ミナトはこんなの絶対着ないって。二人が早く行ってきなさいとうるさいから、私はジャケットを手にミナトの家に向かった。ジャケットを見たミナトは、案の定顔を引きつらせていた。 「ごめんね、着なくていいから」 「はは……」 ミナトは「なあ、黒田のことで変な噂があるみたいだけど、大丈夫なのか」と尋ねた。 「うん。黒田くんのこと、みんな信じてるから」 そう答えたら、ミナトが目を伏せた。 「俺はもう、おまえには必要ないんだな」 家に帰ると、リビングにいる母が声をかけてきた。 「おかえり、千秋。ミナトくん喜んでくれた?」 「うん」 本当はビミョーな反応だったけど、私は曖昧に頷いた。母は満足そうに「よかったわー」と言っている。 「ほら、千秋も食べなさい」 父がニコニコしながらピザを勧めてくる。私は父の隣りに座って、「ねえ、もし友達に変な噂が流れたらどうする?」と尋ねた。 「そんなものは気にしなきゃ良いんだ」 「そうそう、噂なんて75日もすればなくなるんだから」 さすが、うちの両親は楽観的だ。母が不思議そうに尋ねてくる。 「なんでそんなこときくの?」 「ううん、なんでもない」 私はかぶりを振って二階へ向かう。階下から両親の声が聞こえてきた。 「千秋ったらどうしたのかしら。変な子ねえ」 「ちょっとくらい変わってるほうが面白いさ。ははは」 この二人に変って言われたくないんだけどなあ。部屋に戻って窓の外を見ると、流れ星が落ちるのが見えた。私は指を組んで願い事をする。 「文化祭、どうかうまくいきますように」
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