アカペラーズと初恋

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私は赤いリストバンドをした腕を差し出す。黒田くんと先輩、ユイちゃんと青井くんが、私の手に自分の手を重ねた。五色のリストバンドが重なる。 「ほら、ミナトも」 促すと、ミナトが手を差し出した。 「がんばるぞーっ、おーっ!」 私はそう言って手をあげた。6人分の手があがると同時に、それぞれの色がきらっと輝いた。舞台上では、シルクハットから現れた鳩が舞い上がって観客を沸かせている。 「手品同好会でした。ありがとうございましたー」 体育館は拍手に包まれたが、手品同好会の部員は舞台を降りようとしない。実行委員がタイムキーパーに囁いた。 「おい、なにしてんだ。もう発表時間過ぎてるぞ。早く佩かせろ」 「それが……鳩が降りてこないみたいで」 鳩は照明の上に登ってくるっぽーと鳴いている。手品部員はなんとか鳩をおろそうと、ステッキを振っていた。投げたステッキがそのまま落ちてきて、手品部員の額を直撃する。 「いってえ!」 会場からあはは、と笑い声が起こった。実行委員はしびれをきらしたように叫んだ。 「ああっ、もういい。早く次の発表をさせろ!」 「しかし……鳩は」 実行委員に睨まれて、タイムキーパーが慌ててめくりを動かした。司会進行の生徒が「次の発表はアカペラ部です」と言う。照明上にいる鳩の姿が見えているのか、会場にはまだくすくす笑いが響いていた。先輩は舞台に出るのを躊躇している。 「この状況で出てけっちゅうんかい」 実行委員はイライラした口調で、「行かないと失格になりますよ」と言う。 そんな……。 くすくす笑いは止まらない。 客席に目をやると、合唱部の人たちが笑っているのが見えた。失格になるなんていやだ。この日のために練習してきたんだから。 私が足を踏み出そうとしたら、誰かが一歩先に足を踏み出した。彼の姿を見た瞬間、会場からきゃああ、と黄色い悲鳴が起こる。舞台上に出たミナトは、お客さんに向かって大きく手を振った。さすが、人前に慣れている。ミナトは手を振りつつ、こちらを見て「はやく!」と口を動かす。次に動いたのは黒田くんだった。 彼はマイクを手にし、「上を向いて歩こう」を歌いながら舞台に出ていく。ミナトは楽譜を見ながら黒田くんの音に合わせる。 「うわ、上手いねあの子」 「ミナトくんも素敵~」 客席からの声に、先輩がやる気を出したようだった。 「言っとくけど俺のほうが古株なんやで!」 ステージに出ていった先輩が、ベースを歌う。けして目立つ声ではないが、先輩の歌は黒田くんとミナトの歌声をしっかりと支えていた。 「よーし、私達もいこー、青井くん」 「え、あ、うん」 一緒に出ていったユイちゃんと青井くんの高音域が響く。5人だけでもキレイなハーモニーだ。でも。何かが足りない。それを補うための役割が、ボイスパーカッション。私の役目だ。ステージに足を踏み出して、マイクを唇に近づけ、破裂音を響かせてストリングスを表現する。声がよくなくても、歌がうまくなくても、みんなと一緒に響かせればそれは音楽になるんだ! 今の所いい感じ。みんなリラックスしている。 くるっぽー。 鳩の声が響いて、くすくす笑いが起こった。 「おい、笑うなって」 「だってさ、鳩もコーラスの一員みたいじゃん」 鳩の声に調子を狂わされたのか、先輩の音程がちょっとずれた。そのせいで、ミナトとユイちゃんのピッチも狂い始める。青井くんは必死に歌っているけれど、合わせずらそうだ。すると、黒田くんが指を鳴らし始めた。1度、2度、3度……狂っていた音が戻っていく。黒田くんが正確にカウントをとってくれるおかげで、次第に鳩の声が気にならなくなってきた。 「では、次の曲を……」 曲名を発表しようとした瞬間、ふわふわと鳩の羽毛が落ちてきて、私ははくしょん、とくしゃみをした。 あはは、と笑い声が起こる。私はへへ、と笑って言葉を続ける。 「聞いてください、オリジナル曲「COLERS」です!」と言った。青井くんが作ったこの曲は、それぞれのボーカルパートがあるのが特徴だ。まずは黒田くん。 「君はいつか言ってた」 「このパレットはどんな色でも作り出せるって」 「黒はアスファルトの」 青井くん、ユイちゃん、先輩。その後が私だ。 「青はこの空の」 「黄色はひまわりの」 「ピンクはフラミンゴの」 「赤は……」 ――あっ。私はそこで、マイクが音を拾わない事に気づいた。 よく見たら、マイクの細かい網目に羽毛が挟まっている。鳩の羽根のせいで壊れたんだ。どうしよう。一瞬頭の中が真っ白になった。その時、隣に誰かが立った。見上げると、黒田くんが立っている。黒田くんに差し出されたマイクを私は使う。 「赤は夕日の」 ミナトがその後を継いだ。 「君は勘違いしてるよ」 「それぞれの色は君じゃなく神様がつくったんだ」 サビはみんなでハモる! 「傲慢な君のつくる色」 「僕は好きだった」 「今でも好きなんだ」 「忘れられない君の色」 「神様みたいに振る舞うんなら」 「この気持ち消してよCLEARCOLOR」 歌い終わると、会場に拍手が湧いた。やった……。私たちの歌、お客さんに届いたんだ。 私達6人は横に並んで手をつなぎ、頭を下げた。私は拍手を浴びながら、舞台袖の会長が拍手しているのに気づいた。私と視線が合うと、踵を返してステージを降りていく。黒田くんは会長の後ろ姿を見て、かすかに微笑んでいる。 ばさっ。 まるでアカペラ部の番が終わるのを待っていたかのように鳩が降りてきたので、実行委員たちが必死に網を振った。また笑い声が起こる。鳩はばさばさと翼を羽ばたかせ、体育館の窓から出ていった。実行委員の一人が、途方に暮れた声で「どうします?」と尋ねる。 「もういい、次のグループを舞台にあげろ。あと、来年から鳩は禁止だ」 実行委員長はげっそりしている。 「おまたせしました、次の発表はフラダンス部……」 アナウンスと拍手の音が聞こえてくる。ステージから降りた私達は、舞台袖で座り込んでいた。私は隣に座っている黒田くんを見上げて声をかけた。 「終わったね」 「ああ」 「マイク、ありがとう」 黒田くんは肩をすくめた。 「今度から鳩は禁止にしてもらいたいもんだな」 「そうだね」 その時、先輩のスマホがラインの通知音を鳴らす。先輩はのろのろとスマホを取り出した。 「あ、クラスの奴らからや。手が足らんからはよ戻ってこいやて」 「先輩のクラスの出し物ってなんなんですかー?」 「もちろんたこ焼きや。食いに来るか? ユイ」 「わ~行きますー」 ユイちゃんは立ち上がり、先輩について歩いていく。彼女はくるっと振り返り、青井くんを手招いた。 「青井くんも来なよー」 「いや、俺は腹具合が……」 「いーからいーから」 ユイちゃんに連れて行かれる青井くん。 「たこ焼きか。なんか懐かしいな」 ミナトのつぶやきに、私は答える。 「昔はお祭りとかで食べたよね」 「ああ」 ミナトはふっと目を閉じたあと、腕から輪ゴムをとって私に返した。 「ありがとな、千秋。楽しかった」 歩いていくミナトを見送っていたら、黒田くんが口を開いた。 「俺たちも戻るか、お化け屋敷」 「そうだね。どんどんみんなを脅かさなくちゃ!」 「ま、おまえは全然怖くないけどな」 「むっ、これから頑張るもん」 体育館を出ようとしたその時、何かが突進してきた。 「ちあきーっ」 「か、母さん」 母は私に抱きついてむぎゅむぎゅと押しつぶした。 「さすが私の娘! 素敵だったわよ」 「くるしいよ」 目を白黒させる私の横で、父さんは黒田くんに名刺を渡している。 「君、上手いね~。ルックスもいいし、うちのプロダクションに来る気はないかね?」 「はあ」 黒田くんは不審者に対する目で父さんを見ている。母は私を解放し、キョロキョロとあたりを見回した。 「ところで千秋、「K」はどこなの?」 「そうだぞ。この学校にいるって話だったじゃないか」 「え? 目の前にいるでしょ」 両親は私に視線を向けたあと、黒田くんに目をやった。それからあはは、と笑い出す。 「まさか、嘘はよくないぞ千秋。確かにその少年はうまいけど、高校の部活にKが入ってるわけないだろう」 「ええ、そうよ。いやね~そんな冗談言って」 黒田くんはあらぬ方向を指差して、「あっ、「K」だ」と言う。両親は黒田くんが指差したほうにばっと目を向ける。 「えっ!? どこ?」 「あの背の高い少年じゃないのか、ハニー」 「そうねダーリン!」 彼らは見知らぬ少年に突進していく。また守衛さんにつかまらなきゃ良いけど。そう思っていたら、黒田くんがぽつりとつぶやいた。 「おまえの親、プロダクション経営者なんだろ。見る目ないみたいだけど大丈夫か?」 「大丈夫じゃないかも……」 「露頭に迷ったらうちの物置に住まわせてやるよ」 「ヤダよそんなの」 むくれた私を見て、黒田くんが笑った。体育館を出ると、小山内さんが立っていた。 「あ、小山内さん、聞いててくれたの?」 「……きっとあなたたち負けるわ。合唱部は、会長がピアノ弾いてるんだもん」 「そうだね。でもいいんだ。精一杯やったから」 私が笑顔を浮かべると、小山内さんは「負けてもいいなんてバカね」とつぶやいて去っていった。飛んできた鳩が、彼女の肩に止まる。それは、小山内さんにも楽しいことが訪れるっていう暗示に思えた。 私と黒田くんは、1年3組の教室に向かって歩き出した。
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