金髪のキミと廃部の危機

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◯ 「たっだいまー」 元気よく言いながら家に入り、靴を脱いでいたら、卓上にメモが置かれているのに気づいた。私はそれを手にとって読み上げる。 「えーとなになに、星の王子さまを探しにニューヨークに行ってきます。留守番よろしく……父と母」 星の王子さま、ニューヨークへ行く。そんなタイトルの映画があったっけ? メモに書いてある意味はよくわかんないけど、大方、劇団四季のミュージカルでも見に行ったのだろう。 私はメモを折りたたんでポケットに入れた。芸能プロダクションを経営してる両親が、家をあけることは珍しくない。っていうか、物心ついて以来あの二人が家にいることのほうが珍しい。もう慣れたからいいんだけどね。うちの両親は二人ともド派手だ。髪から時計から靴下まで、全部金色。 あの人達に比べたら私なんて超地味。あえていうなら、髪をくくっている輪ゴムが金色のラメ入りってだけかな。 ぐるるる。さっきたこ焼きを食べたっていうのに、食べざかりのお腹はもう空腹を訴えている。冷蔵庫の中を覗いてみたが、なにもない。こんなときはとっておきの技を使おう。 私服に着替えた私は、スマホ片手に自宅を出た。 ピンポーン。 「六条」という表札のかかった隣家のインターホンを押すろ、「ハイ」という返事がかえってきた。私は背伸びして、インターホンについてるカメラを覗き込む。 「みーなーとーくん。ご飯食べさせてくださいな」 しばらくすると、エプロンを付けて、お玉を持った少年が姿を現した。彼は私の幼馴染、六条ミナト。華奢で可愛らしい顔立ちをしているため、花柄のエプロンがよく似合う。ミナトは長いまつげに縁取られた目でこっちを見た。 「飯って、おばさんは?」 私は靴箱の上にあったメモを差し出した。ミナトはメモを読んで眉を寄せる。 「またかよ……」 「またです。今日のご飯何?」 「コロッケ」 「大好物! おじゃましまーす」 ミナトがあがっていいと言う前に意気揚々と靴を脱いで、リビングへと向かう。リビングには誰もいなくて、テレビの音だけが響いていた。ミナトはやれやれという顔をして、リビングに隣接したキッチンに向かう。私はソファに腰掛けて尋ねた。 「おばさんは? また夜勤?」 「ああ。テーブルの上片付けてくれ」 「ほーい」 新聞やらチラシやらが広げてあるテーブルを片付けていたら、揚げ物のいい匂いが漂ってきた。私はふらふらとキッチンへ向かい、ミナトの隣に立って鍋を覗き込んだ。黄金の油に沈んだコロッケが、じゅわああと泡を拭き上げてきつね色に揚がっていく。その香ばしい匂いに、私はうっとりする。 「うーん、いいにおい」 ミナトの肩に顎をのっけてクンクン匂いを嗅いでいたら、迷惑そうに押しのけられた。 「邪魔だからリビングで待ってろ」 「なんか手伝おっか?」 「おまえが手伝うと大惨事になるからいい」 「ちえっ」 そんな言い方しなくてもいいのに。確かに私はミナトと違って不器用だし、料理も全然できないけど。私はすごすごとリビングに戻って、チャンネルを回した。何か面白い番組やってないかな~そう思っていたら、ミナトの姿が大映しになった。制服を着て、真面目な顔で女の子に「好きだ!」と言っている。 「あ、これ「君恋」の再放送だね」 コロッケを運んできたミナトが、テレビ画面を見て眉をひそめた。 「おい、チャンネル替えろって」 「なんで? 芸能人なら見て見て!ってアピールしなきゃ淘汰されちゃうよ」 「おまえに見てもらっても変わらんだろうが」 ミナトはそう言ってチャンネルを替えてしまった。まあ、あのドラマ見てたからいいけど。 私の隣人で幼馴染のミナトは、今売り出し中の若手アイドルなのである。芸能プロデューサーをやってるうちの親に言葉巧みに誘われて、6歳で子役としてデビュー。着々とキャリアを積み重ね、今や料理のできるイケメン俳優としてドラマやバラエティに引っ張りだこだ。 たまたまミナトの隣家に生まれた私は、小学校の時からファンから呪詛の言葉やら画鋲いりの靴やらをプレゼントされてきた。姉弟みたいなものなのに(私のほうが月齢は上!)みんな私達が付き合ってるって勘違いしているらしいのだ。それもこれも、ミナトが彼女を作らないから悪いんだと思う。私はサラダをつつきながら尋ねる。 「ねえ、ミナトって彼女とか作んないの?」 「なんだよ、いきなり」 「だってモテモテでしょ。今日もミナトのファンに絡まれたよ。こないだ一緒にいただろーって」 「まじかよ。平気だったか?」 ミナトは心配そうにこっちを見る。全然平気。なんせ慣れっこだから。それにしても、なんで彼女を作らないのかって聞こうとしたら、電話の音が鳴り響いた。しかし、ミナトは立ちあがろうとしない。 「鳴ってるよ?」 「いいんだよ、FAXだから」 ミナトの言った通り、一定時間立つとビーッと音を立ててFAXが流れ落ちた。私はそちらに向かい、床に落ちた用紙をひろいあげる。 「婚姻届贈りました。結婚してください、だって」 「16だからできないけどな」 ミナトは疲れた顔で言う。その表情には、げっそりって効果音がぴったりだ。この様子からしたら、たぶん日常茶飯事なのだろう。 「あのドラマやってから、余計に人気あがったよねえ」 土曜9時からやっていた少女漫画原作のドラマ、「キミに初恋」、通称「君恋」は、訳あり転校生と引っ込み思案なヒロインの純愛ラブストーリー。10代から圧倒的な支持を受けて、来春映画化が決まったらしい。ちなみにミナトの役どころは主人公に長年片思いしている幼馴染だ。 「振られる役なのに人気出るんだね」 「うるさいな。もういいよドラマの話は」 ミナトはそう言ってコロッケをかじった。私もコロッケを食べてうっとりと息を吐く。衣がサクサクでとっても美味しい。夢中でコロッケを食べる私を見て、ミナトは自慢げに言った。 「うまいだろ。マヨネーズが隠し味だ」 「いいお嫁さんになりますねえ」 「誰がお嫁さんだ。せめて婿にしろ」 本当に、ミナトがいいところに婿入りできるといいなあ。ミナトの母親は看護師をしていて、女手一つでミナトを育ててきた。ミナトはとても料理がうまくて、「君恋」でも実際に料理を作るシーンがあったっけ。でもその話をすると嫌がるからやめておこう。照れがあるのか、私には芸能活動してるところを見せたがらないのだ。食べ終えた食器を重ねながら、ミナトは尋ねる。 「おじさんとおばさん、いつ帰ってくんだ?」 「わかんない」 「相変わらずテキトーだな……事務所の契約も口約束だし」 ミナトくーん。君絶対売れるよ。保証するからうち入んない? え? 契約書なんてないよアハハー。 うちの父のスカウトはだいたいこんな感じだ。なので、事務所に入るのは結構変わった人が多い。 「それよりさ、あの話考えてくれた?」 身を乗り出すと、ミナトがため息をついた。 「アカペラ部に入るってはなし? そんな暇ないって」 「ちょびっとだけでもいいから顔だしてよ」 アカペラ部を作るにあたって、まず最初にミナトを勧誘した。同じ学校だし、なんせ昔からの付き合いだ。だけどミナトはそんな暇はないの一点張り。 リードボーカルはアカペラの華。ミナトくらいの華があったら文句ないんだけどなあ。 「じゃあ他に誰か紹介してよ」 「誰かって誰だよ」 「歌のうまいひと」 「うちの学校でか? みんな合唱部に入ってるだろ」 先輩と同じこと言ってるし。でもユイちゃんみたいに合唱部が合わない子もいるかもしれないし……。 夕食を食べ終えた私は、「ごちそうさまっ」と手を合わせた。今日もミナトの料理は美味しかった。腕まくりしながら立ち上がる。 「皿洗いは私がするよ。ミナトは座ってて」 「皿洗いって。食洗機に入れるだけだろうが」 ミナトが呆れた声を出す。まあそうだけど、何もしないよりはいいじゃん。私は「I play a little prayer」を口ずさみながら皿をすすいで食洗機に入れていく。ミナトは私が雑に入れた食器を直しながら尋ねる。 「何その曲」 「同級生の男の子が聞いてた。いい曲だよね」 ミナトがぴたりと動きを止める。 「男の子?」 「うん。隣の席の子。あんまり話したことないけど、音楽の趣味合いそうなんだ」 ミナトは目を細め、ふーんと相槌を打った。なんだか気に入らないみたい。 「おまえが男に興味持つなんて、あいつ以来だな」 「あの子は特別だよ!」 興奮してばしゃんとたらい桶に手を突っ込むと、ミナトが顔をしかめた。 「うわっ、泡を飛ばすな泡を」 「ごめん」 私は手をぬぐいつつ、ほんのりと頬を染めた。そう、「金髪のキミ」彼は私の……特別なヒトだ。 自宅に戻った私は、ベッドに寝転がりながらパソコンで動画を見ていた。サングラスをかけた小学生くらいの金髪の男の子が、超絶的なボイパをしている。有名な動画サイトにアップされていて、再生数は5000億回。私は彼のことを「金髪のキミ」と呼んでいる。 初めてこの動画を見たのは6歳のとき。同じくらいの年なのにこんなことができるんだって、ひと目で虜になってしまった。私もこんなふうにかっこよくリズムを刻みたい。そう思って生きてきて、早10年。いまだにこの子には追いつけてない。この子の名前も今どこにいるのかもわかんないけど、今はきっともっとすごい技術を身に着けていると思う。もしかしたら手の届かないスターになってるかも。 私はそっとスマホの画面を撫でた。君は誰? いまどこにいるの? 一度でいいから会ってみたいな……。 動画を繰り返し見ていたら、スカイプが入った。アプリを開いてみると、派手な格好の女の人が、カフェテラスで手を振っている映像が映し出される。 「あ、母さん」 「やっほー、千秋。ご飯はもう食べた? こっちは朝よー」 「父さんもいるぞ!」 なぜかハワイアンシャツの父が顔を出す。そこハワイじゃなくてニューヨークでしょ。内心ツッコミを入れながら尋ねる。 「いまどこ? ホテルじゃないよね」 「ホテルの近くにあるカフェよ。ニューヨーカーに人気のエッグスラッドを食べに来たの」 母が見せてきたのは温泉卵がマッシュポテトに乗っかってるだけの料理。ぶっちゃけ家でも作れそう。 「それ食べにわざわざニューヨークに行ったの?」 呆れた声で尋ねると、母がちっち、と指を振った。 「違うわよ。「black」に会うために来たの」 「black?」 きょとんとする私に、父が言う。 「知らないのか。NYで話題のアカペラ集団だ。というか、目当てはKだけどな」 「K?」 「blackのリードボーカルよ。最年少ながら圧倒的な歌唱力だったのに、今年の3月にいきなり脱退したって噂なの」 「そのひと見つけてどうするの?」 「Kは日本人って噂なんだ。他に取られる前にうちでスカウトしようってことになった」 「ええ……そんなすごい人がうちに来るかなあ」 「大事なのは事務所の大きさじゃなく情熱だ!」 父は拳を握って力説する。でもスカウトされるほうは大きい事務所に行きたいんじゃないかな? しかもうちの両親が経営している芸能事務所「レッドウッド」は契約書とかないし。そう思ったけど、両親のやる気を削ぐ気がしたので黙っておく。 「まあ、頑張って」 「なる早で見つけて帰るからねベイビー」 母はこちらに向かって投げキッスをした。このアメリカンなノリ、ついてけない。 私はスカイプを切って、ごろりと身体を回転させた。お気に入りの抱き枕を抱きしめ、ぼんやりと天井を見つめた。 blackかあ。もう一度身体を回転させ、パソコンの検索画面に「black /アカペラ」と打ち込む。検索ボタンを押すと、すぐに動画が出てきたが、説明文やコメントが英語なので読めない。とりあえず絶賛されていることは間違いないみたいだ。 再生させてみると、エンジン音が響いた。いや、エンジン音じゃない。これはボイパだ。ブレスを感じさせないなめらかな息継ぎ。人間が出しているとは思えない音で歌が紡がれる。みんなハイレベルな技術を持っていたが、中でもずば抜けて上手い人がいた。伸びのあるリードボーカル。きっとこのひとが「K」だ。目深に帽子をかぶっているせいで顔はよく見えない。でもこの声、佇まい。唇の形……。 「なんか、どっかで見たことあるような……」 しかも、一度じゃなく何度も見ている気がする。でも、外国人だろうし、知り合いのわけないか。 繰り返し見ていたら、日付が変わろうとしていた。あ、いけない。こんな時間。もう寝ないと。私はブラウザを閉じて、部屋の電気を消した。
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