一縷の望みと蛍の光

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一縷の望みと蛍の光

会長にタンカを切った日の放課後、私はアカペラ部の部室に来ていた。 「ってわけで、文化祭では優勝を目指しましょう!」 私は気合満々でユイちゃんと先輩を見比べる。先輩は竹串片手に呆れた顔をしていて、ユイちゃんはうつむいて爪をいじっていた。 「あ、あれ? なんかテンション低くない!?」 「そりゃあな。一月半で部員を集めろなんて無理やろ」 「そうだよ~。何かアテがあるの?」 「大丈夫。ちゃんと手は考えてあります」 私はドヤ顔でスマホを突きつけた。画面には「black」のライブ映像が映っている。二人は画面に顔を寄せて顔をしかめた。 「なにこれー」 「外国のアカペラグループ。「black」っていうの」 「black……? 知らんなあ」 私は動画を再生させた。動画が始まると、首をひねっていた二人は画面に釘付けになった。見終わると感心した声を出す。 「すごいね」 「そりゃすっげーうまいけど、これ見せてどうしようっていうんや」 疑問をあらわにする先輩に、私は言う。 「このグループのメインボーカルやってる「k」って人がうちの学校にいるんです!」 「は? んなわけないやん。これアメリカのグループやろ」 「このひとは日本人なんです」 先輩とユイちゃんは生ぬるい笑みを浮かべている。あ、これ信じてないな。 「ほんとにいるんだってば!」 「千秋ちゃん、それは想像力過多だよ~」 ユイちゃんはアハハ、と笑っている。どうしたら信じてもらえるだろう? 困っていたら、ちょうど窓の外に黒田くんを見つけた。私はがらりと窓を開けて呼びかける。 「おーい! 黒田くーん!」 黒田くんは立ち止まる気配なく歩いていく。あれ? 聞こえてないのかな。じゃあ聞き取りやすいようにイニシャルで呼ぼう。私は息を吸い込んで叫んだ。 「Kー!」 すると、黒田くんが素早く振り向いた。よかった! 聞こえたみたい。私はぶんぶん手を振って叫ぶ。 「おーい! Kくーん! 今すぐ来てー!」 黒田くんはすぐに教室にやってきた。コレ以上ないくらいに不機嫌な顔をしているけど、構わず先輩とユイちゃんに紹介した。 「私の隣の席の黒田くんです!」 「こいつがさっきの動画のやつだっていうんか?」 懐疑的な先輩に、私はうなずく。 「そーです! 彼が「K」です」 先輩はユイちゃんと顔を見合わせたあと、咳払いした。 「まあ、新入部員が欲しいのは確かやし、とりあえず歌ってみてくれるか」 黒田くんはしぶしぶながら「何を歌えばいいんですか、あんま歌とか知らないんだけど」と尋ねた。嘘だあ、いっつもなんか聞いてるくせに。 「なら、これはどうや。「蛍の光」」 先輩は楽譜を手渡した。黒田くんは楽譜を受け取ってざっと眺め、息を吸い込んだ。私はドキドキしながらその様子を見守る。きっとすごい歌を聞かせてくれるはずだ。 「~♪」 黒田くんが歌い出すと、そのあまりの音痴加減に、一瞬教室がしんとなった。えっ? ぽかんとする私に、先輩がささやきかける。 「いや、千秋、これは冗談キツイわ」 「そーだよ~どう考えても音楽に縁のないひとだよ~たしかにイニシャルはKだけど」 ユイちゃんもコソコソと言う。黒田くんはぺらりと楽譜をおろし、気だるそうな口調で言う。 「もう帰っていいすか。借りた本読みたいんで」 「ああ、時間無駄にさせて悪かったな」 先輩はぽんぽん、と黒田くんの肩を叩いた。ってちょっとまって! 私は教室を出ていく黒田くんを慌てて追いかける。 「待って黒田くん、うぐ」 歩いていた黒田くんがいきなり立ち止まったので、背中にぶつかってしまいよろめく。黒田くんはガシッと私の腕を掴んで、階段の踊り場へと連れて行く。黒田くんは私を壁際に追い詰め、長い前髪の下からこちらを睨んだ。 「よっぽど身長縮められたいんだな、おまえ」 「だって! 黒田くんが入ってくれなきゃうちの部つぶれちゃうんだもん」 「知らねえよ。ジェットコースター乗れないようにしてやる」 「やだー!」 ぐいぐいと頭を押されていると、聞き慣れた声が降ってきた。 「おい、何してんだ」 顔をあげると、ミナトが階段の手すりに腕をかけてこちらを見下ろしていた。 「あ、ミナト」 ミナトは駆け足で階段を降りてきて、私の前に立ち塞がった。じろっと黒田くんを睨む。 「なんだおまえ。千秋に何してんだ」 「おまえこそなんだよ」 えっ、黒田くんってミナトのこと知らないの……? なんかちょっとショック。そう思っていたら、ミナトが声を低くした。 「俺は千秋の幼なじみだ」 黒田くんは馬鹿にしたように返す。 「幼なじみね。じゃあこいつに入ってもらえばメデタシだな」 私はミナトの後ろから声をあげる。 「ミナトは忙しいから。それに、私は黒田くんの歌が聴きたいの!」 「さっき聞いたろ」 「わざと下手に歌ったでしょ。私が聴きたいのは本気の歌だよ」 「タダでは歌わねーよ」 黒田くんはそう言って歩き出した。タダでは歌わない。ってことはどこかでお金をとって歌ってるってことだ! 私はミナトの脇をすり抜け、黒田くんの後についていく。ミナトは慌てて私を引き留めようとする。 「おい、どこ行くんだ」 その時、ミナトの彼の携帯が鳴り響いた。ミナトはスマホを取り出して応答する。 「えっ、飯野さん? 仕事って、いや、今ちょっと込み入ってて……千秋!」 私はミナトの声をスルーして、黒田くんの跡を追った。 校舎を出た黒田くんは、校門を抜けてバス停に向かった。私はその後をついていき、見つからないよう身を低くして様子を伺う。一瞬黒田くんがこっちを見たような気がしたけど、すぐに視線が外れる。やってきたバスに乗り込んだ黒田くんは、一番前の席に座った。私はその一つ後ろに座ってじっと身を縮める。黒田くんは本をめくりながらヘッドホンで何かを聞いている。 何個かバス停をすぎると、黒田くんがボタンを押したので、つぎで降りるのだと身がまえた。 「つぎは~明日葉四丁目~明日葉四丁目~」妙に間延びしたアナウンスが響き、バスが停車した。黒田くんは乗車賃を払ってタラップを降りる。私はそのあとを追ってバスから降りようとしたが、運転手さんに止められる。 「ちょっとちょっとお客さん、お金!」 「あ、ハイ」 私は慌ててお財布を取り出した。あれっ、小銭がない! もたもたしている私を見て、その場にしらーっとした空気が流れた。私はお金を払い、ペコペコしながらバスから降りる。 そこには黒田くんの姿はなかった。
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