十三

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ー「おっと、踏み込むのが少し早かったようだ。」 ピアノの上にあぐらをかき、触れ合えないが寄り添いあって涙にくれる俺たちに、突如現れた八雲さんが冷やかすように言った。 「……山蕗アラタ。俺のことは分かるな?」 「ええ、存じてますよ。」 「先代からお前には手を焼かされてきたものだ。ようやく顔を拝めたのは、この男のおかげだ。」 「あなたが油揚げにつられなければとっくにカタはついてたでしょう。」 「お前までそれを言うか。」 ピアノから降り、アラタの腕をつかむ。だが警察のように乱暴ではなく、そっと立ち上がらせるとやさしく顎に手を添え、「元は人間のくせに、遠目からでもわかるほど、お前は見目麗しい。」とため息まじりに言った。ずいぶんキザな振る舞いだが、キツネは人間に化けるにも、絶世の美女や美男子になって人間を惑わせるのだとばあちゃんが言っていた。だからきっと彼らは、綺麗なものが好きなのだろう。 「八雲さん、俺の中のモノがほしいんなら差し上げますから、その代わり、どうかアラタを……」 「お前の中のモノ?その魚くさいやつか?」 「ええ。ですから、アラタをきちんと貴正さんのとこに送ってやってください。あの男を殺した罪を消せとは言いませんが、かと行って地獄行きはあまりにも酷だ。」 「なるほど、俺を買収しようということか。」 「モトキさん、それはあなたが持っているべきです。」 「いや、いい。お前とか八雲さんとかこの力の持ち主とか、それ以上の強力な霊なんてそうそう鉢合わせるもんか。俺はもう、門のヤツ程度ならなんにも怖くない。」 「ははは、そりゃあ言えてる。まあ……それを寄越すってんなら、アラタも悪いようにはせん。俺のもとに仕えさせてもいいしなあ。」 顔を覗きこみ、至近距離でまじまじと眺める。この色ボケ狐、違う意味でもアラタを狙ってたのか? 「何だその目は。お前、俺を疑ってるのか?」 「はあ……何となく胡散臭さがぬぐえなくて。」 そう返すと、アラタがようやく、ものすごく久しぶりの笑顔をほんの少しだけ浮かべた。 「ったく、最近の人間は平気で俺たちをナメくさりやがる。お前のばあさんやひいばあさんの頃は、祠を通りすがりる際にもこうべを垂れて毎日俺たちを敬ったものだ。なあアラタ。」 「いやあ……僕もお稲荷様は信仰していませんでしたから、なんとも……」 「何だと?チッ、見た目どおり生意気な餓鬼だ。そんなら、これから嫌でも俺を信奉してもらおう。貴正と共にな。」 「貴正様のもとに行けるのですか?」 「お前があんまり生意気なら連れていかないぞ。」 「………」 「……そういう蔑みの眼はやめろよ。地味に傷つく。」 さすがアラタだ。早くもマウントを取ったのが、アラタの目つきにたじろぐ八雲さんの様子からよく伝わってきた。八雲さん、これから苦労するぞ。俺は少し嬉しくなった。人間がキツネに勝った瞬間のように思えたからだ。
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