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同じ東京に住んでいながら、実家に帰ることはほとんどないから、家族とも年1くらいしか会わない。むしろ近いからこそ、いつでも会える気がして逆に足が遠のいている。駅からバスに乗り、米軍基地のゲートから歩いてすぐのとこに住むばあちゃんに会ったのも、今年の正月以来だ。季節はすっかり秋。今年はオリンピックがあったし、それ以外にもさまざまな事件事故は起こったが、俺の周りに取り立てて大きな環境の変化はない。 「独り暮らしは上手くやれてる?」 「もう3年目だから、さすがに慣れたよ。」 「また引っ越したってお母さんから聞いたけど。」 「うん、前んとこけっこう良かったんだけど、夜中に階段を駆け上がる奴がいてさ。それだけならスルーできんだけど、毎晩俺んちの玄関の前に立つようになっちゃって。ドアノブもガチャガチャやり出すようになったから、ちょっとね。」 「あらそうだったの。新しいとこは平気なの?」 「今んとこは。」 「もつといいねえ。」 「そうだねえ。」 俺の話を何一つ疑わず聞いてくれるのは、きっとこの世でばあちゃんだけだろう。 独り暮らしを始めてから、引越しはこれで4回目。事故物件とかなんて関係ない。出るとこには出る。前のアパートだって新築だ。正直これ以上の引越しはしたくないが、いちばん最初のアパートを出て以降、なぜか妙に金回りが良くなってきて、何かあっても助けを借りずにどうにかやれている。荷物はすぐまとめられるようにしてるから、俺の部屋に大きな家具類はない。家電も最低限だ。テレビすら置いてない。 「最初に住んでたとこが取り壊されなけりゃ、ずっとあそこで良かったんだけどなあ。」 「でも、私が生まれるより前の建物でしょう?また大っきい地震がきたら危ないよ。」 「一応耐震にはしてあったみたいだよ。俺しか住んでる人いなかったから、残してても金ばっかりかかるし、無理はないけど。」 「あら、先住の人が居るって言ってなかった?」 「と思ってたんだけど、不動産屋が勘違いしてたらしい。なぜか人が住んでると思い込んでたって。ありえないよな。家賃とかで分かるだろうに。道理で人が住んでる気配がしないと思った。」 「もしかしたら、オバケに騙されてたんじゃない?その不動産屋さん。」 「そんな気がする。あの屋敷を取り壊されないように守ってたのかも。……でも、住めなくなってもいいから、建物だけは区で管理するなりして、残しとけばよかったのにな。かなりいい屋敷だったし。明治末期くらいから、戦争で焼けたりもせずに残ってたのに、もったいないよなあ。」 「この辺みたいな人の少ない田舎ならまだしも、あそこは都心に近い住宅地だからね。そういうのはなかなか残しておけないでしょ。よく保った方だよ。」 「まあね。」 俺が小学生の頃からばあちゃんがずっと飼ってる黒猫のクロが、のそのそと老猫じみた動きで俺のヒザに乗ってきた。こいつ、このまま20歳まで生きて、いつしかネコマタになるんじゃないだろうか。 「クロって化け猫になるんじゃない?もう17、8年は生きてるよな。」 「なるかもね。案外そういうのは、何食わぬ顔して人間の世界で生きてるかもしれないよ。」 「キツネも居るって言ってたよな。」 「キツネみたいな人なんかいっぱい居るじゃない。憑かれてんのもいるかもしれないけど、化けてる人もきっといるよ。」 ばあちゃんは子供のころ、鎌倉の海に遊びに行ったとき、全身が海藻に覆われた真っ黒で巨大なバケモノからなぜか大量のカメノテを手渡されてから、魑魅魍魎の存在を信じるようになったそうだ。つい最近聞かせてくれたことだが、俺はそれを記憶違いとか妄想だとは思ってない。海というのはある種の魔界で、何が居たっておかしくはないのだ。でも、そんなものが見えるばあちゃんの血を引いてるから、俺はこんなにも霊感が鋭くなったのかもしれない。 「俺の周りにもいるかな?何食わぬ顔して。」 「いるんじゃない?案外同じ会社に勤めてるかも。」 「会社か……キツネっぽい奴ねえ……」 「けど、あんたの目をかいくぐれるほど人間のフリが上手くなくちゃね。少なくとも耳としっぽは隠せてないと。」 「確かにな。……俺の周りにはいないな。そんなのいたら、たぶんわかるもん。なークロ助?」 ノドをなでてやるが、クロじいさんは無反応だ。ゴボゴボと痰がからんだかのように、ノドを鳴らしてるらしき音が微かにするだけ。 「ところであんた、キツネとかオバケはいいけど、誰か人間のいい人はいないの?」 「……いないよ。」 「あんたの結婚のお金はちゃんと貯めてるから、何かあったら教えるんだよ。あと、ユウカちゃんのもね。」 「ユウカはまだ大学生だぞ。気が早い。」 「早いに越したことはないでしょ。案外、お兄ちゃんより先だったりして。」 「あり得る。」 ところどころ毛が抜け落ちて、すっかり手触りの悪くなったクロの毛並み。人生の終盤を生きているわけだが、生き急がないのが動物のいいところだ。あるべき姿で、自分だけの時間軸で生きている。俺もこのように死を恐れず、悠然と構えた男でありたいものだ。俺はキツネもネコマタも否定しない。ホントにいたらもう少し世の中面白いな、といつも思っている。
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