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そのあとばあちゃんは昼過ぎから診察の予約があるというので近所の病院まで付き添い、偶然居合わせた近所の奥さんとお茶をしていくから帰りは大丈夫だと言い、俺たちはそこで別れた。今日は俺も3時から映画を観に行く約束がある。……ばあちゃんには何となく恥ずかしくて隠しちまったけど、もう少し落ち着いたら、一緒に暮らそうかと考えてる人がいる。物件探しがしんどいけど、彼女は霊感が皆無なので、多少の怪異程度なら俺がガマンすればいいだけだ。
電車に20分も揺られると、最初に住んでた屋敷がある街の駅を通過する。休日はこの駅には快速が止まらないので、あっという間に通り過ぎていった。たった3年前のことだけど、住んでる期間があまりにも短かったせいか、この街での思い出はほとんどない。だからか知らないが、住んでたころの記憶もおぼろげだ。
俺はなぜ、見るからにヤバいものが出そうなあんな古い屋敷を借りたのだろう。家賃が安いだけであんなとこを借りるとは考えにくい。いまだに不思議だ。あの頃は今より忙しくてほとんど寝に帰ってるだけのようなものだったが、毎晩いろんな音や気配がしてる中で暮らしていたのだ。でも決定的にヤバい目には遭わなかったせいか、最後の方は完全に慣れて麻痺して、そして今となっては、ときどきまたあそこに暮らしたいと思うときがある。それは恋しさにも似た気持ちだ。古くて不便で、特に思い入れのないはずの屋敷なのに、なぜだろう?
有楽町で待ち合わせをしているので、神田で山手線に乗り換える。
いっそのこともう、同棲なんてすっ飛ばして結婚しちまおうかな?のろのろしてたら時間がもったいない。だって人生は短いし、一度きりだし、突然死もあり得るし、死ぬときってのは驚くほどあっけないんだ。電車が目的地に近づくごと、なぜだか無性に、いま俺のそばに居てくれる存在というものへの尊さが増してきて、早く会いたくて仕方なかった。
結婚もすっ飛ばして、子供を先に作ってもいい。きっと周りからすれば危険な発想だ。
けど俺はこの先、彼女以外の人を愛することは無い。だって見事に、俺のタイプなんだ。まさにひとめぼれで、会った瞬間好きになった。それから会うごと知っていく彼女の内側にも、どんどん惚れさせられている。大人びてるけど不器用で、いつも冷静なくせにちょっと天然で、あんまり笑わないけど笑うとかわいくて、ズケズケ手厳しいことを言ってくるくせに、本当は誰よりも温かくて優しい。弱音を吐くたびすべて受け入れて、いつも俺のことを助けてくれる強い人。
愛おしくてたまらない。こんな人、今まで出会ったことがない。……そのはずだけど、何故か俺は、いつしかこんな人に出会ったような気がしてならない。だから俺は、彼女にこれほど惹かれているのかもしれない。でも誰だったか、全然思い出せないんだ。もしかしたら漫画とか小説のキャラクターで、現実にはいない人なのだろうか。
有楽町につき、たくさんの乗客とともに電車から吐き出され、待ち合わせのデパートに向かう。
……あるいは、俺の霊感がとうとう未来予知まで出来るようになったのかもしれない。俺の記憶の底に沈む、彼女によく似た、見知っているはずの見知らぬ誰か。
その人と俺は、いずれ未来で会うのかもしれない。
でも俺は彼女と結婚したいから、恋に落ちるということはないだろう。だとしたらどんな形で出会うのか。きっと、とても近いところだ。だからって、死者に取り憑かれるということではない。確かにめちゃくちゃ近いけど。
けどそれはきちんと生命を伴って、新たに作られるまっさらな人間のはずだ。
ー「ごめん、お待たせ。」
先に待ってた彼女の顔を見たとたん、周りの景色がより一層鮮明で華やかに映り、最高潮に幸せがこみ上げて、噛み殺しきれずにニヤニヤ笑ってしまう。こんな気持ちを味わうたび、生きててよかったと心から思う。大仰だろうが、本当にいつもそう思っている。
手をつないで、すっかり冷えた小さな手を温める。歩きだした瞬間、今朝のラジオで流れてたちょっと物憂げなピアノの曲が、街のどこかからかすかに流れてきた。
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