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 ぱしゃり、と何かが跳ねたような気がして、私は川沿いの道で足を止めた。鯉かと思い川に視線を向けたけれど、夕方とはいえ強い日差しに生い茂る藻の中へ隠れているらしく姿が見えない。気のせいかと再び歩きだした時、こちらに歩いてくる人影が見えた。なんだかふらふらと頼りない歩き方だ。危ないなあと思っていると、その人影がふらりと大きく揺れた。進行方向へ前からゆっくりと倒れていく。慌てて駆けよると、そこはちょうど私の家の前だった。 「あの……大丈夫ですか?」  放ってもおけないので、声をかけてみる。しかし倒れてしまったその人はピクリとも動かない。古びた和装の奇妙な格好をした少女だった。抱きおこすと長い髪がぱさりと落ちて、彼女の顔が露わになる。思わず息を飲むほど美しい少女だった。肌は白く、口紅でも塗っているのかと思うほど赤い唇はぷっくりと艶めいて見える。胸がゆっくりと上下しているのを見て、呼吸はしているようだと安心した。しかしどうしたものかと家と彼女を見比べる。暑さにやられたのかもしれない。とにかく、涼しいところに移動させないと。 「お母さん!」 私は家に駆けいり、家にいるはずのお母さんを呼んだ。 「おかえり、ひなた。大声出してどうしたの?」 不思議そうに出てきたお母さんは、道路に倒れる少女が見えたのか「大変」と呟き、サンダルを引っかけて外に出た。 「ひなた、そっち側支えて。中に運ぶわよ」 お母さんは私に指示を出して、両側から少女を支えながら家の中へ運んだ。クーラーの効いたリビングのソファに寝かせる。少女は二人掛けソファにすっぽりと収まった。 「いつから倒れてたの? 熱射病かな」 「倒れたのはさっき。でもいつからそこにいたのかは分かんない」  お母さんは私の話を聞きながらも着物の帯を弛め、少女の口に水を運んだり、熱を測ったりしていた。温度計を見て「熱はないみたい」と安心したような声を出したが、様子を見て起きなければ救急車を呼ぼうということになった。 「すごく綺麗な子ね。育ちがよさそう」  台所で夕食の準備をしながら、お母さんは心配そうにソファで眠る彼女を見て言う。 「でもこんな暑いのになんか変な格好してるし、どういう子なんだろうね。この辺じゃ見かけたことない子だし……家出かな?」  家出という言葉にお母さんは眉を顰めた。 「ひなたと同じくらいの子よね。……警察に届けた方がいいかしら」 「警察は困る」
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