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三
お殿さまの生まれ変わりを探すと意気込んでみたものの、珠ちゃんの感覚頼りの捜索は想像以上に大変だった。珠ちゃんを連れていろいろと近所を歩いてみたけれど、それらしい人や生き物とは出会えなかった。
「ねえ、おじいちゃんの家の方に行ってみたらどうかしら」
夏休みも後半に差しかかった頃、お母さんが言った。小さい頃は夏休みの度に遊びに行っていた、海沿いのおじいちゃんの家のことだ。最近はめっきり行っていないけれど、お母さんが電話で予定を聞いてくれたらしい。
「海しかないような田舎だけど、いい気分転換になると思うの。手掛かりなんかも見つかるかもしれないし」
そのお母さんの提案を受けて、私と珠ちゃんは二人でおじいちゃんの家へ来ていた。
「よう来たな。父さんと母さんは後から来るって電話で言ってたけど」
「そうなの。でもお仕事が忙しいから、私たちを迎えに来る感じになるみたい」
「まあゆっくりしてけ。ひなたの友達も」
珠ちゃんのことはシンプルに私の友達だと紹介した。おじいちゃんもおばあちゃんも「こりゃまたえらい別嬪さんだな」と笑って迎えてくれた。
海しかない田舎、とお母さんは言っていたけれど、港には漁船が並び結構栄えているように見えた。
「この辺は昔から漁が盛んでな。町のほとんどは漁師だ」
私たちがこっちへついた日の夕食で、おじいちゃんが誇らしげに言った。テーブルには新鮮な魚のお刺身や海藻のサラダ、魚のあらを使った煮物が並び、おじいちゃんの話が嘘じゃないことが分かる。
「じゃあ、おじいちゃんも漁師だったの?」
「おじいちゃんはただの役場勤め」
笑いながら教えてくれたのはおばあちゃんだ。おじいちゃんは不服そうに「ただの、とはなんだ」と言う。おばあちゃんは「はいはい」と慣れた様子で私にご飯のお代わりを勧めてきた。
「珠ちゃんは?」
私にご飯をよそってくれながらおばあちゃんが聞く。珠ちゃんははっとしたように顔を上げてにっこりと微笑むと、首を横に振った。
こっちに来てから珠ちゃんの口数が少ない。珠ちゃんの言葉は独特だし、おじいちゃんたちにその言葉遣いはどうかなと正直思っていたのでそれはいいけれど、なんだかぼうっとしているのは気になる。寝る前に「どうかしたの?」と尋ねてみたが、珠ちゃんは曖昧に笑うだけで答えてくれなかった。
「今日は海の方に行ってみようか」
お昼ご飯の後、私は珠ちゃんを誘ってみた。しかし珠ちゃんは少し迷う素振りを見せた後、申し訳なさそうに微笑みながら首を横に振った。
「申し訳ない。ここらを一人で歩いてみたいのだ。ひなたは気にせず海へ向かってくれ」
きっぱりとした言い方に少し違和感を覚えたが、なかなかお殿さまが見つからないから、彼女なりに思うところがあるのかもしれない。残念ではあったが、私は珠ちゃんの申し出を受けいれて一人で海へ向かうことにした。
「あんまり沖に出ると危ないからな。気をつけてな」
「大丈夫。一人ではしゃぐのもなんだし、今日は海を見にいくだけだから」
心配そうに何度も声をかけてくるおじいちゃんに私は笑って言う。水着は一応持ってきたけど、一人で遠泳するほど泳ぐのも得意じゃない。今日は涼しげなブルーボーダーのタンクトップに七分丈のジーンズで出かけることにした。
おじいちゃんに教えてもらった一番近場の浜辺には、歩いて十五分ほどで到着した。夏休みというのに誰もいない。貸し切りビーチみたいで少しテンションが上がった。やっぱり水着を着てくれば良かったかなと後悔する。
波打ち際では貝殻を隠した砂が波にさらわれて、ピンク色の貝殻が露わになっているのを見つけた。屈んで拾うと桜貝らしい。嬉しくなって、もっと綺麗な貝を拾おうと小学生みたいに真剣に屈みながら歩いた。
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