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「波に足を持ってかれるぞ」
突然聞こえた低い声に、びくりと体が震えた。顔を上げると、いつの間にか同い年くらいの男の子が立っている。茶色がかった短髪に彫の深い顔。よく日に焼けている。しかめっ面なところを見ると怒っているのだろうか。ここはこの子の親の土地とか? でもおじいちゃんはそんなこと言ってなかったし……。考えながらも背筋を伸ばして軽く頭を下げた。
「貝拾いばっかりに気を取られてると、急に強い波が来て足を持ってかれることがあるんだ。じいちゃんはよく、人魚に連れ去られるって言ってる」
「人魚?」
思わず聞きかえす。私の食いつきに男の子は少し戸惑ったようだったが、すぐに笑いだして「お前この辺のもんじゃないだろ」と言った。笑うと急に人懐っこい表情になる。私は頷いて、おじいちゃんの家に遊びに来ていることを説明した。男の子は地元の子で、増子圭と名乗った。歳は私よりも一つ上らしい。
「人魚って、本当にいるの? 圭くんのおじいさんは見たことあるのかな?」
「やけに人魚に興味あるんだな。今から家来る? うちはじいちゃんも父ちゃんも漁師しててさ。人魚についての話は全部じいちゃんに聞いたんだ」
人魚の話、というのはなかなか魅力的な誘い文句だった。珠ちゃんの話を聞いてからめっきり人魚に興味が出てきている。だって今まで空想上の生き物だと思っていたのに、自分の知らないところで実在するかもしれないのだ。私は早速携帯電話でおじいちゃんの家に連絡して、「増子圭くんの家に行ってくる」と伝えた。電話に出たおばあちゃんは「増子さん」を知っているらしく「あんまり遅くならないようにね」と言われた。
おじいちゃんの家とは反対方向に十分ほど歩いたところに、圭くんの家はあった。おじいさん以外の家の人はお留守らしく、テレビの音が聞こえる程度で家の中は静かだった。
「じいちゃん。じいちゃんに、人魚の話聞きたいって子連れてきた。夏休みでこっちに遊びに来てるんだと」
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