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 案内された居間でおじいさんはテレビを眺めていた。おじいちゃんと同じくらいの歳に見える。健康的に日に焼けていて、短く刈りこまれた髪には所々白髪が混じっている。気難しそうなしかめっ面。圭くんはおじいさん似なんだな、と少し笑ってしまった。「人魚?」と言いながらじろりと視線を向けられる。おじいさんの怖そうな様子にびくつきながらも軽く頭を下げた。 「見かけん子だな」 「だから、夏休みで田舎に帰ってきてるんだと。浜辺で会って、人魚の話したらもっと聞きたいって言うから連れてきた。じいちゃんから話してやって」 「川添ひなたです。突然お邪魔してすみません。圭くんから、おじいさんが人魚に詳しいって聞いたので」  私が言いおえるとすぐにおじいさんは「お茶」と圭くんに声をかけ、私には適当に座るように言った。「さて」と前置きしてから何が聞きたいのか尋ねられる。 「この辺の海に人魚がいるんですか? おじいさんは見たことあるんですか?」  私の質問におじいさんはにやりと笑った。しかめっ面が一気に悪戯っ子のような顔になる。短く「あるよ」と返事が返ってきた時、お盆にお茶が入ったコップを三つ乗せた圭くんが居間に戻ってきて「もっと詳しく話してやりなよ」と言った。目の前に置かれたコップはうっすらと汗をかいていて、中には氷が浮かべられている。 「昔、俺がまだ漁師をしてた頃だ。すうっと船の下を通るものがあってな。何度も通るんでじいっと目を凝らすとどうやら人の形に似てる。けど、人間がそんなに長く潜伏できるわけがないんだ。捕まえてみようと網を垂らすと、すごい速さで海底へと消えていった」  おじいさんは「俺も恐ろしいことをしたもんだ」と笑って、お茶を飲んだ。その様子や話ぶりは子供相手に昔話でもしているようだ。私もお茶を頂く。芳ばしく香る冷たい麦茶が乾いた喉に美味しい。 「その帰りに海が荒れてな。いやー、あれは死ぬかと思った」  おじいさんはそう言って大きく笑い声を立てた。人魚を捕まえると海が荒れるという話は聞いたことがある。それが本当に起こったのだとおじいさんは言った。しかしそれでは人魚かいたかははっきりと分からない気がする。海が荒れたのはたまたまかもしれないし。人魚の話題を笑いながら話すというのにもどこか違和感がある。 「この辺に人魚がいるなら……人魚の肉を食べた不老不死の人って知ってますか?」
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