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「え……」  珠ちゃんの言葉に私も男の人を見る。 「え? え?」  私たちに注目されて、男の人は戸惑った様子で頭を掻いた。その顔からは不思議そうな表情しか読みとれない。 「お前様」  珠ちゃんが再び呟く。ゆっくりと立ちあがると、男の人へ一歩近づいた。しかし男の人は驚いたように一歩引く。珠ちゃんの顔が悲しい程に歪んだ。  もしも、もしも珠ちゃんが間違えてないのだとしたら。本当に、彼にお殿さまの魂を感じているのだとしたら。お殿さまの魂は、珠ちゃんを覚えていないのだ。それはとても絶望的な答えだった。私が想像していたのは二人が手に手を取りあって涙する感動の再会。まさか片方の記憶がリセットされているなんて思ってもみなかった。考えてみれば、魂は同じでも違う人間として生まれ変わっているのだ。記憶がないのは当たり前のことなのかもしれない。けれど約束したのはお殿さまの方なのだ。必ず見つけだす、と言ったのに。  珠ちゃんは息を整えるように呼吸を繰りかえし、顔を上げて男の人を見た。その目の切なさは、男の人に伝わらない。 「珠、です」 珠ちゃんは絞りだすように言って頭を下げた。ぽたぽたと砂浜に涙が滲む。男の人は困ったように私を見て、それから私たちの向こうへ視線を向けた。白いワンピースの女の人がいたことを思いだす。あの人は? もしかして……恋人? 「あの……連れが待ってるんで……」  男の人は申し訳なさそうに言って、私たちを通りすぎていった。珠ちゃんはその瞬間砂浜に膝をついてしゃがみこむ。私もふらつく足を何とか支えた。 覚えてない上に恋人までいるなんて。こんなことってあるだろうか。長い間恋人の転生を待ち望んでいた珠ちゃんにこの仕打ちはひどすぎる。どこの誰かも分からないあの人に再び会うことができるのだろうか。できたとしても、恋人がいるんじゃ……。  息を殺すようにして静かに泣く珠ちゃんをそっと抱きしめる。今の私にできることは、それくらいしかないように思えた。  珠ちゃんが落ちつくのを待って、おじいちゃんの家へ帰った。珠ちゃんは元気がないながらも夕食時には気丈に振舞っていて、それが返って痛々しかった。 「これまで……蝶や桜の木だった時は、記憶があったの?」  夕食後私が尋ねると、少し迷うような沈黙があったがやがて「いいや」と返ってきた。
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