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 唐突に、お母さんがそう言った。それはもう決まりごとのようで、「急いで夕食の支度しなくちゃ」とさっさと台所へ向かってしまった。慌ただしく動いているのが見える。 「ひなた、カーテン閉めて。あとお風呂沸かして。ああそうだ、珠ちゃんにパジャマになりそうな服貸してあげてね」  テキパキと飛んでくる指示に、戸惑いながらも体が自然に動く。ポカンとソファに座ったままの珠ちゃんを置いて、言われた通りカーテンを閉め、電気を点けてお風呂場へ向かった。お風呂の栓をしてお湯を出すと、珠ちゃんのパジャマを準備するため二階にある自分の部屋へ向かう。クーラーをつけていない二階は灼熱地獄のようだ。一気に汗が噴きだしてくる。手近にあったTシャツと短パン、体を拭く用にタオルを一枚掴んで部屋を出た。リビングに戻ると先ほどまで暑いところにいた分天国に来たようだ。ほうっと息を吐きながら珠ちゃんに近づくと、持ってきた洋服とタオルを彼女に差しだした。珠ちゃんは少し迷う素振りを見せていたが、やがて洋服とタオルを受けとって頷いた。 「ありがとう」  案外素直にお礼が返ってくる。その様子に、悪い子じゃなさそうだと思った。見知らぬ女の子を家に泊めると簡単に決めるお母さんもお母さんだが、私も大概お人好しなのかもしれない。けれど、目の前の小柄な少女が悪い人には見えないし、困っているなら放っておけない。 「私、川添ひなた。十六歳。ええと……珠ちゃんも一緒くらいかな?」  私は珠ちゃんの隣に座って笑いかけてみた。しかし年齢を尋ねたところで俯かれてしまう。「そう見えるか?」と低い声で返ってきた。そう見える、というのが本音だったけれど、なんだか彼女がそれを望んでいないような気がして、返答に困ってしまった。女性に年齢を尋ねるのは失礼だってよく言うけど、あれは高校生も該当するのかな。 「ひなたの髪は、短いんだな」  考えこんでいると、ふと首元に冷たい手が触れた。珠ちゃんがすらりと伸びた指先で私の髪を触っている。私の髪はショートボブ。珠ちゃんから見たら随分短い髪型だろう。ソファに腰掛ける珠ちゃんの髪は毛先がソファについてしまうくらい長い。 「珠ちゃんはすごく長いね。それにすごく綺麗な髪」  言いながら、真っ黒で艶やかな珠ちゃんの髪に恐る恐る触れた。さらりと滑らかな手触り。昔本で読んだ、カラスの濡れ羽色というのはこんな髪の毛のことを言うんだろうなと思う。
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