人色の永遠

一

「ただいま」
　ガチャリと玄関のドアが開く音と、お父さんの声。今日は珍しく早い。自然と視線がお母さんの方へ向く。珠ちゃんのことをどう説明するつもりなんだろう。
「お、ひなたのお友達か？」
　リビングに入ってきたお父さんの第一声はそれだった。珠ちゃんはお父さんを見て、深く頭を下げる。
「珠といいます。奥方とひなたには大変お世話に……」
「珠ちゃん、今夜家に泊ってもらうの」
　珠ちゃんの言葉をお母さんが遮った。それは相談じゃなくてやっぱり決定事項の言い方だった。お父さんの返答は「そうか」だけ。お父さんはお母さんが大好きで、今までだってお母さんのやることに反対したことなんてない。
「お父さん先にお風呂入る？　ご飯ももうすぐ炊けるけど」
　お母さんはさっさと別の話題に移っていく。お父さんは「そうだなぁ」と少し迷う素振りを見せていたが、急に笑いだした。珠ちゃんのお腹から盛大な音が聞こえてきたからだ。
「先にご飯にしようか」
　お父さんが言うと、珠ちゃんは真っ赤になって俯いたまま「申し訳ない」と呟いた。お母さんも私も吹きだしてしまう。珠ちゃんを席へ案内して、私もその隣に腰を下ろす。私の前にはいつもの通りお父さんが、そして珠ちゃんの前にはお母さんが座る。
　テーブルに並んだ夕食は肉じゃがにほうれん草の白和え、大根の味噌汁、そして白いご飯。珠ちゃんはそれらをじいっと見つめていた。「いただきます」の声で食事が始まる。何気なく見ると、珠ちゃんのお箸の扱い方も、食べ物を口に運ぶ所作もどこか優雅に見える。食事をする間、私はずっと彼女に見惚れていた。同じ人間だろうか。こんなに綺麗な人がいるなんて。
「とても美味しかった。ありがとう」
　食事が終わると、にっこりと微笑んで珠ちゃんは言った。お母さんは嬉しそうに「お粗末さまでした」と言う。これまでちゃんとお母さんに食事の感想を言ったことのない私は、少しばつの悪い気持ちだった。こんなに嬉しそうな顔になるなら、私もこれからはご飯の感謝をお母さんに伝えていこうと密かに思う。
「じゃあ、お先に」
　お父さんがそう言って席を立った。お風呂に行くのだろうと見ていると、唐突に珠ちゃんが引きとめた。お父さんが再び席につくのを確認すると、珠ちゃんは真剣な表情で私たち家族の顔を見渡し、唇を開いた。
「見ず知らずの私を家に入れ、宿を提供することはさぞ複雑な心境だろう。自分がこの時代から見ると怪しい人物であることは十分承知している。だからこそこの温かい待遇、心から感謝している。この恩は生涯忘れない」