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「来ないでっ!」
イリスが声を張り上げ右手の杖を振り上げる。
僕たちとイリスを隔てるように、ラピスラズリ色の光が大地から夜空に向かって噴き上げた。
「何だよこれ!」
サミが光に触れると、拒まれているかのように指が弾かれる。
イリスは光の壁の中から立ち竦む僕に顔を向けた。
「この虹の石には、魔法を増幅できる強大なエネルギーが込められている」
「大きな魔法が……使えるってこと?」
テアが不安な面持ちでイリスを見つめる。
「そうよ。ルネの力を使って、街ごと安全な場所まで移動させるの。この街の周囲は砂漠。質量となる砂なら無限にあるわ」
「待ってよ! 街を転移させるだなんてむちゃくちゃだ! そんな膨大な力を使ったら僕は死んでしまう!」
「莫大なエネルギーが必要になる事は知ってる……そしてこの虹の石に込められた力だけでは、不十分なことも」
「じゃあ!」
「だから……今から私の命を、この虹の石に吹き込む」
静かにそう言ったイリスの顔は、最初に見た月の光みたいな優しさで。
体が切り離されたみたいに、意識が浮遊するみたいに、僕の心は夜空に吸い込まれたんじゃないかと思えるくらい。
何も考えられなかった。
「何してるんだよ! ルネッ!」
サミの声に、ハッと我にかえる。
光の壁の向こう側で、イリスの顔が苦しそうに歪んでいた。
胸にあてた虹の石が、濃い赤色へと変わっていく。まるで何かを吸い取られているように、顔から血の気がどんどん失われていく。
「ルネッ!!」
叫びながらテアが僕を振り返る。
涙がテアの目からこぼれ落ちた。
「分かってる!!」
何を迷う必要があるんだ。
父さんが、母さんが死んだのは。
イリスのせいじゃないって、分かってるはず……なのに。
手近な木に駆け寄る。
イリスと交換するだけの質量は十分。
視界にイリスを捉えたまま、木に触れた手の平に力を込める。
息を吸い込み、呪文を唱え───
───……なん……で……
口に出したはずの声が音を成さない。
光の壁の向こう側でイリスが悲しげに微笑む。
固く閉じられていたはずの瞳は開かれ、深いエメラルドグリーンの双眸が僕を捉える。
「ルネッ! 何してんだ! イリスが!!」
サミの怒号に僕は瞬きひとつできない。
まるで魂を雁字搦めにされたみたいに、呼吸も声も指先も思考も。
何ひとつ動かすことが出来ないでいた。
「ごめんね、ルネ……」
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