第六章 不思議少女と呼ばれて

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 そのとき、あっと叫んだのは私ではなかった。  「ひとだまだ!」  男たちが叫び、出てきた林の方へ走りだした。  「ちょっと! あんたたち!」  朱美が叫んでも誰も振り返らない。あっという間に三人ともいなくなった。  ひとだまなんてあったのだろうか? 私にはまったく見えなかった。  そういえば、体育祭で幽霊部がひとだま入れという競技を企画して実施した。お手玉の代わりにひとだまをかごに投げ入れる競技。一部で好評だったが、生徒会長の権限で中止させた。そもそもみんな喜んでいたが、ひとだまなど一個も私には見えなかった。  ひとだまは男子三人を追っ払って消えたわけではなく、今度は朱美たちを追いかけているらしい。ひとだまが私に見えてないから、ただ朱美たちが広場をぐるぐる回っているようにしか見えない。  「ひゃあっ」  朱美が似合わない乙女みたいな悲鳴を上げた。  「ひとだまがあたしの中に入っちゃった!」  泣き出す朱美。取り巻きの女子たちもただおろおろするばかりだ。  「なんで! 手が勝手に!」  朱美の手が彼女自身の首にかかり、そのまま強く絞め始めた。朱美は膝をつき、次に地面にはいつくばった。  「し、死にたくない!」  地面をごろごろと転がりながら朱美が叫ぶと、ようやく手の自由を回復したらしい。朱美は仰向けになったまま、ただぜえぜえと肩で息をしている。手はだらんと体の横にあり、ぼろぼろと涙が流れ落ちる。  三人の男子が消えた林から別の男が一人でつかつかと出てくるのが見えた。幽霊部部長の松島悟。朱美がいまいましそうに声をかける。  「おまえの仕業か」  「そうだ」  「幽霊部なんて馬鹿にしてたけど、こんなこともできるんだな」  「もう竹本に手を出さないと誓うなら、ひとだまをおまえの体から出してやってもいい」  「誓うよ。もう竹本には手を出さない」  全員の視線が朱美の胸から夕方の茜色の空のかなたへ移動していく。どうやらひとだまが朱美の体から出てどこかへ帰っていったらしい。
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