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「ねえ、知ってる?蘇りの木の伝説」
「蘇りの木?」
「生前その人が一番大切にしていた物を供物にして、神社の一番大きな木の上に置くと、その人が蘇るんだって」
「でもそれって噂でしょ?」
「火のない所に煙は立たぬってね」
「・・・・・・」
*
蘇りの木、そんな嘘か実かも分からない噂話がある一人の男子学生の耳に入る。
彼は一年前、大切な人を事故で失っていた。
人に愛される性格でクラスの人気者であった彼は、その事故の一件以来心を閉ざし、まるでそんな青年は存在しなかったかのではというほど別人となっていた。
心の傷が癒えることもなく、ひどく憔悴した姿は誰が見ても痛々しく、何と声をかければいいものか分からないほどであり、一年が過ぎた今でも変わることはなかった。
そんな中で聞こえた死者が蘇る噂。彼の体を突き動かすには充分な内容だった。
「なあ、あの噂聞いた?死者が蘇るっていうやつ」
「お前それ信じてるの?」
「最近よく聞くからさ」
「確かに・・・・・・女子がその噂話ばっかりしているよな」
「そういや、隣のクラスのやつが実際にやったらしいぞ」
「まじ!?」
「・・・・・・その人の事、教えて」
「佐本!・・・・・・本気か?」
「うん」
目の下に大きなクマを作り、満足な睡眠がとれていないのか嫌でもわかる。それでも敢えてそこには触れずに噂を実行した人物の名を告げるのは、大切な友人に早くいつもの元気を取り戻して欲しいためだった。
「ありがとう」
一言お礼を言って、遠ざかる背中をただ見つめる二人の男子生徒。
「佐本、大丈夫かな」
「・・・・・・わからない」
「・・・・・・」
「・・・・・・あいつから話しかけられたの、久しぶりだな」
「そうだね」
十年来の親友達がそんな話をしているとは知らず、佐本は隣のクラスへと向かった。
*
「あの・・・・・・」
「はーい、誰かに用?」
直ぐに駆け寄ってきてくれた女子生徒に探している人物の名を告げる。
すると、彼女は自分自身を指さした。
「それ、私」
「え?」
「だから、三葉八重は私の名前」
「・・・・・・」
「私に用があってきたんでしょ?」
「蘇りの木のこと、教えてほしくて」
蘇りの木。その単語を聞いて光葉の纏う空気があからさまに変わる。柔らかさから一変、刺々しく敵意の篭った瞳で佐本をきつく睨み付ける。
「貴方も私を揶揄いにきたの?」
「・・・・・・違う」
「じゃあ何?面白半分で話を聞きにくる以外何があるの?」
「俺も蘇らせたい人がいるから」
「・・・・・・」
三葉は目の前に立つ彼が言う言葉をどこまで信じていいのか思い倦ねていた。すると何かを悟ったのか佐本は続けて言葉を紡ぐ。
「やり方だけ教えて、俺が聞きたいのはそれだけだから」
「・・・・・・」
「放課後、二組の教室で待っているから」
彼女の返事を待つことなく佐本は教室を去っていった。その直後に予冷の金が鳴り響き、入れ替わりに入ってきた教師に叱咤され三葉は大人しく席へと戻った。
*
「やっちゃん、さっきのあのイケメン、佐本君だよね?」
「あの人、佐本って言うんだ」
「え、知らないの!?あのイケメンで女子から絶大な人気があった学年一のイケメン佐本新君!」
「あんな根暗が人気者なの?」
「前はああじゃなかったの!」
「・・・・・・ふうん」
授業が終わり、昼休みの時間になると三葉の様子をおかしく思った唯が声をかけてきた。
彼女はただ一人、蘇りの木の話をしても笑わずに真剣に話を聞いてくれたクラスメイトであった。
「元気ないね?何か変な物でも食べた?」
「唯じゃないんだから、道端に落ちているものは食べません」
「失礼な!私だって道端に落ちている物は流石に食べないよ!」
「・・・・・・あは、ごめん」
「・・・・・・佐本君と話してからのやっちゃん、様子がおかしいよ。私でよければ聞かせて?」
唯は三葉にとって何でも話せる良き友人であり、相談相手でもあった。
佐本との一連の会話を唯は食べることも忘れ、黙って聞いていた。
「どう、思う?」
「それ嘘じゃないよ。佐本君、本気で知りたいと思う」
「・・・・・・」
「一年前の事故、覚えてる?学校前の横断歩道で、道路に飛び出した子供を助けた女子生徒の事故」
「うん、一つ下の学年の子だったし・・・・・・」
「亡くなった女子生徒、佐本君とかなり仲がよかったみたい」
*
「じゃあな佐本」
「・・・・・・うん」
放課後、誰もいなくなった教室で静かに三葉が来るのを待っていた。
しんと静まり返る教室で、佐本は首にかけていたチェーンを取り出し、そこにかかる指輪を触る。
どれぐらいそうしていたのか分からない。ただそれ以上の何かをするわけでもなく、体温に充てられて少し暖かくなった指輪を眺めていると、がらりと教室の扉が開いた。
「・・・・・・本当にいた」
「三葉さん」
「・・・・・・」
無言で佐本の座る机の前まで来ると、三葉は持っていた紙をそこに置いた。
「やり方、書いてあるから」
「ありがとう」
「お礼はいらない・・・・・・成功していないから」
「・・・・・・」
「やり方は簡単だけど、絶対成功しないと思う」
「どうして」
「見ればわかる」
「・・・・・・分かった」
「ねえ、笑い者になってでもしたいことなの?ただの噂だよ」
「・・・・・・」
「相手は蘇りたいだなんて、思ってないかもよ」
「・・・・・・」
「ごめん、忘れて」
何も言わない佐本に一方的に思いをぶつける三葉。それでも無言を貫く彼の態度に三葉はそれ以上何かを言うことはなく教室を去った。
だが、少し歩いたところで後ろから、はっきりとした声で言葉が返ってきた。
「エゴだと分かってても、もう・・・・・・後悔したくないから」
「・・・・・・」
三葉は振り返ることなく、今度こそその場を去っていった。一人廊下に立つ佐本は、その手に握りしめた紙にもう一度目を通す。
蘇りの木
生前その人が一番大切にしていた物を供物とする 神社境内にある一番大きな樹木の上に供物を置く 供物を置いた木の下に、筆で書いた八芒星の紙を置く 自身の血を一滴紙に落とし、蘇らせたい者の名を告げる 死した者が蘇りを強く願う
「やり方は簡単・・・・・・か」
*
誰もが寝静まっているであろう深夜二時。明かりも無しに佐本は家から十五分程歩いた場所にある神社の前に立っていた。
小さな紙袋を片手にゆっくりと石畳の階段を上り、予め確認しておいた一番大きな木の下に行くと、今度は器用に木の上に登っていく。
ある程度の高さまで登ると、首元にかけたチェーンを取り、そこに指輪をそっと置いた。
「・・・・・・」
黙々と作業を進め、今度は紙袋の中からカッターを取り出す。その切っ先を指の腹に当て、ぽたりと血を八芒星の書かれた紙の上に落とした。
「・・・・・・菊理、相良菊理」
変わらず静寂のままの境内。
「・・・・・・」
わかりきっていたことではあったが、やはり何も起こることはなく、ただ指先の痛みだけが夢ではなく、紛れもない現実であることを告げていた。
「・・・・・・お別れだ、菊理」
何かを覚悟してきていたのか、それだけを言うと木の上に置いた指輪を取る。
八芒星の書かれた紙をぐしゃりと丸め、紙袋の中へ無造作に放り込むと佐本は神社を後にした。
後ろにふよふよと浮かんでいる最愛の人にも気付かずに。
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