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翌日。
警察署に呼ばれて出向いた沢村と玲子は、牛若警部とまた面会した。
会議室のような殺風景な部屋で待っていると、牛若警部がスターバックスのムースフォームキャラメルマキアートが3つ入った袋を抱えて、頭を下げながら部屋に入ってきた。
「すいません、お忙しいところお呼びだてして」
牛若警部はそう言いながら、キャラメルマキアートを沢村や玲子にも配り、それから席に付いた。
「こちらこそすいません、わざわざ…」
玲子はムースフォームキャラメルマキアートが好きだったのもあって、すぐに笑顔で礼を言った。
「いやいや、さっきスタバに寄ったので買ってきただけなんで、どうかお気遣いなく」
そう言って牛若警部は照れ笑いした。
「ところでお話というのは?」
沢村はキャラメルマキアートを飲みながら、単刀直入に聞いた。
「はい、実はですね、近松京一が罪を認めました」
「ええ?そうなんですか?」
玲子は驚いて聞き返した。
「そうなんです」
「じゃあ事件解決じゃないですか!」
玲子は嬉しそうな声を出した。
「いえいえ、そう簡単には行きませんよ」
牛若は全力で否定した。
「は?でも…」
「近松は、ストーカー規制法に違反するという罪を認めただけですから」
「あ、そっちですか」
玲子は落胆の声を上げた。
「ただその後、かなり意味深な証言をし始めたんですよね」
牛若は顎に手を当ててそう言った。
「意味深な証言とは?」
沢村はそう言うと、少し身を乗り出した。
「ええ。近松は日立の妻・敦子を監視していたことは認めたんですけど、実はそれは殺された日立に頼まれてやっていたことだと言うんです」
「ほう」
「何でも嫉妬深い日立は、自分は平気でキャバ嬢と浮気しているくせに、近松と敦子の浮気だけでなく、他の男と敦子の浮気まで疑っていたようで、近松に監視役をやらせて報告させることで近松を監視し、同時に近松に敦子と他の男との浮気まで監視させていたようなのです」
「なるほど。まるで啄木が、自分は女遊びばかりしているくせに、手紙を見て、妻・節子と親身になってくれていた友人宮崎郁雨の不倫を疑い出して絶縁した逸話にどこか似てますね」
「え、そうなんですか?敦子は日立の借金の尻拭いや、金を借りてる相手への詫び状まで書いていたそうで、最初は一度相談された近松が敦子から便箋を貰って詫び状の代筆をしたこともあったそうです。ただ近松の方は、そうやって敦子に親身になってるうちに、恋愛感情が芽生えてしまったようで」
「そうですか」
「そして殺人があった日、このことは中々白状しませんでしたが、いよいよ自分が殺人の真犯人の最有力容疑者になっていることを察したようで、厳しく追及した結果、実は殺人のあった日時近くに、敦子を尾行していた近松は、彼女が日立の部屋、まあ元々は敦子の自宅ですが、そこに戻った後、急に日立の部屋から飛び出してくるところを目撃していたそうなんです」
「ええ?」
「つまり敦子が夫の日立を殺して、部屋から飛び出してくる決定的な瞬間を目撃していたということです」
「それじゃあ…」
「はい、現状では、犯人は敦子ということになるかと」
「なるほど」
沢村はムースフォームキャラメルマキアートを飲みながら、鋭い目を光らせた。
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