14

1/1
前へ
/18ページ
次へ

14

「それで近松京一は、何に脅されていたというの?」 玲子は、正面に座る沢村に、好奇心剥き出しの顔でそう聞いた。 沢村と玲子は、前に寄ったことがある、被害者・日立了のマンション近くの大衆食堂に来ていた。 玲子は、この店のミルフィーユトンカツにズッキーニのチーズ焼きが付いた日替わり定食が好きだったが、今日の日替わり定食は別のメニューだったので、わざわざ指定して注文した。 沢村はシンプルなカツ丼を注文。 「だからカンニングだよ」 沢村はコップの水を飲みながら言った。 「カンニング?」 「ああ。石川啄木は16歳で盛岡中学を中退し、文芸の道を志して単身上京したことになっているだろ」 「うん」 「しかし、実は中退したのは、期末試験で2回もカンニングをしたことが発覚したからなんだ」 「え、そうなの?またクズ伝説!」 「うん。そして、啄木が好きな日立は自分の日記の中で、自分もカンニングをやって高校を中退したように書いていた」 「ああ、カンニングした話、書いてあったような」 「しかし、どうやら事実は違うらしい」 「え?」 「実際はカンニングしたのは近松だったんだよ。それを庇ったのが当時同級生だった日立だったようだ」 「そうなの?」 「本当のところは、近松と日立、二人でカンニングしていたようなんだが、近松のカンニングの証拠を日立が隠滅したらしいんだよ」 「へえ。でも何でそんな昔の話をあんたが知ってるの?」 「いや、近松がね、何でただ昔友達だったというだけで、あんなに日立に尽くすように金を貸したり、日立の言いなりになって敦子を監視したりとかしているのかが疑問でね、何か日立に近松は弱みを握られているんじゃないかと思ったんだよ。それで日立の日記を読んでいて、カンニングの部分があまりにも啄木そっくりなんで、ちょっと気になったんで調べてみたんだよ」 「そしたら?」 「近松と日立が通っていた高校の当時の担任の先生に会って話を聞いたら、どうやら当時から近松のカンニングを疑う声があったそうなんだ。何せ近松と日立はいつもつるんでいたらしいからね」 「ふーん」 「それでこの間、その話を近松に直接ぶつけてみたのさ。そしたら最初はしらばっくれていたけど、そのうち白状したよ。その昔のカンニングの件で、長年日立に脅され続けていたとね」 「だから言いなりだったんだ。今警察で近松はその辺の怨恨の事情を尋問されてる頃ね。ほとんど立派な殺人動機に成り得るわ。警察にはあんたがカンニングの件を話したの?」 「ああ。牛若警部に簡単に伝えておいたよ。日立は自分の日記の中では、たぶん啄木を気取りたくて、啄木そっくりに、自分がカンニングして中退したと書いたんだろうな。悪い黒歴史のクズ伝説であろうと、ファンにとってはそうは解釈しない奴もいるからな。日立にとって、啄木の「ローマ字日記」や数々のクズ伝説は、自分のだらしない生活を正当化するための免罪符みたいなものだったんだろう」 「でも長年脅されていたなんて、そりゃ恨みもするわよね。今度は確信を持ってるようね」 「牛若警部は本気で落としにかかるだろうよ」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加