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「この度はお世話になりました。無事、事件は解決しました」 牛若警部は、スターバックスでわざわざ買ってきたキャラメル・フラペチーノを、警察署に招いた沢村と玲子の前に笑みを浮かべながら置いた。 「ありがとうございます」 玲子はキャラメル・フラペチーノも好きだったので、すぐに牛若警部に礼を言った。 「凶器の鉄製の灰皿は、間宮が捨てたと言う河原から発見されました。それにしても沢村さん、間宮正義が犯人とは思わなかったですよ。私はてっきり、あなたに妻の敦子の遺書の筆跡を早急に調べるように言われて、それが近松京一のものだったので、近松が犯人かと。まあ彼には我々警察が保証するアリバイがあったんですけど」 牛若はフラペチーノを飲みながら、沢村にすかさず話しかけた。 「間宮氏のことは、彼が日立氏の借金取り時代の知り合いではないかと思った頃から気になっていました。かって取り立てた相手が借金を完済して、その後商売がうまく行っているなら、日立氏が借金を頼んでいる可能性が高いと思いましたから。でも警部、近松氏を逮捕しに来るの早かったですね。彼と話してる時に椿さんらが怖い顔してやって来て、さっさと近松氏を連れてっちゃったんでびっくりしましたよ」 沢村は優しく微笑みながらそう言った。 「いやー、お恥ずかしい。てっきりあなたが、筆跡調べを通して近松が犯人だと教えてくださったのかと早とちりしてしまいまして。それにしてもあの時、近松は誤認逮捕されているのに、随分落ち着いてましてね。無罪が証明されて帰る時にも「お疲れ様でした」なんて言って、余裕で帰って行ったのには面食らいましたよ」 「こちらは遺書の筆跡が近松氏のものか否かで、借金の詫び状を偽造したのが間宮氏であることが確定する可能性に目を向けていました。近松氏から前に代筆した詫び状の送り主が間宮氏であると聞き、確認出来たので、その後で近松氏には、"一応遺書の筆跡はあなたのものだから、一時的に警察に引っ張られるかもしれないが、すぐに真犯人は逮捕されるから安心して待っていてください"と言っときましたからね」 「ああ、そうですか。いや、椿もね、近松を引っ張った時、随分素直に応じたことを不思議がってましたけど、そういう訳だったんですか」 牛若は頭を掻きながら、キャラメル・フラペチーノを一気に飲み干した。 沢村もフラペチーノを飲んだが、その後、牛若警部と握手を交わした。 * 警察署からの帰り道、沢村と玲子が一緒に出版社に戻るために歩いていると、ふとキャバ嬢の安西遥に出くわした。 遥は大きなバッグを二つほど抱え、キャップにスポーツウェア姿の軽装だったので、二人は最初誰だかわからなかった。 「お出かけですか?」 玲子が遥に聞いた。 「ええ。お二人は何?デートっスか?」 「ち、ちがいますよ!これからまだ仕事ですから!」 玲子は顔を赤くして、すぐに反論した。 「あ、そうスか。フフフ、お二人お似合いだと思うんスけど。私の方はもう仕事は終了。田舎に撤収です」 と、遥は何気ない様子で言った。 「え?お店辞めたんですか?」 玲子は驚いて聞いた。 「はい。スポンサーに切られたんで、手切れ金貰って、それ実家に仕送りしたから任務完了っス」 遥は涼しい顔でそう口にした。 すると、沢村が急に遥の方を見て切り出した。 「そうか。スポンサーの本宮さんと付き合っていたのは日立氏に頼まれたからだけど、あなたの元々の目的は実家への仕送りだったんですね」 「え?そうなの?」 と玲子。 「バレバレみたいっスね」 遥は少しバツの悪そうな顔をして、うつむきながらそう呟いた。 「日立氏はスポンサーからお金を引っ張るようにあなたに頼んだのに、まるでお金が入ってこないので、そのことに怒って、あなたを問い詰めた。あなたと日立氏は口論になった。だけどあなたは、お金は最初から実家に仕送りするつもりだったわけですね」 「この間は勝手な作り話だなんて言っちゃいましたけど、あの時のあなたの話は半分くらいは図星っスよ」 そう言うと、遥は少しはにかんだ。 「元々キャバ嬢になったのも仕送りが目的ですね?」 沢村はさらに聞いた。 「まあ田舎出の小娘がキャバで働く理由なんて、そんなもんスよ。金持ちから金引っ張って仕送りする、それぐらいしか貧乏な実家の家計助ける方法ないスから」 遥はキャップのツバを触りながら、どこか恥ずかしそうにそう呟いた。 「でもあなたは、日立氏のような金もない男と付き合っていた。スポンサーの本宮さんとは日立氏に頼まれたから付き合っていただけですよね」 沢村がそう言うと、遥は一瞬だけ沢村の方見たが、しばらくしてから、うつむきながら呟いた。 「…了君とはマジだったんで。なのに、よそで愛人やったお金で二人で生きてくなんて、なんか嫌だったんスよ。私も石川啄木が好きで、了君と意気投合したっていうか。"たはむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず"これなんか特に好きっす」 そう呟くと、遥は、またはにかんだような笑みを浮かべた。 「だけど日立氏は啄木の「一握の砂」より「ローマ字日記」に心酔していたわけでしょ。それにその句だって…こんなことをあなたに言うのは酷だけど、それは一見、啄木の母カツを親孝行から啄木が思いやった句のようで、実際は啄木は経済面で母に苦労をかけっぱなしで、痩せ細らせてしまった親不孝を歌った句だし、それに啄木の妹・光子が、啄木は母に迷惑ばかりかけていて、母をおんぶするなんてことは有り得ないと証言してるんですけどね…」 沢村は言いにくそうに、そう口にした。 すると、遥は寂しく微笑んでから、 「はい。だからその親不孝もんが私そっくりなんスよ。私は昔グレにグレてて、母ちゃんが心労で病気になるくらい苦労かけまくりで。迷惑ばっかりかけたから。今も入院してるんスけど、おんぶなんか未だにしたことないし。だからあの句も、啄木のクズなとこも、私そっくりなんスよ。私はキャバやって、ただお金を仕送りするぐらいのことしか出来ない奴ですから」 と、遥は沢村に背を向け、うつむきながら、そう言った。 「…。」 「了君もそうなんスよ。奥さんのこと、私が何回奥さんと別れて結婚しようって言っても、結局、奥さんのことを心底愛しているから別れられないし。なのに奥さんに迷惑ばっかかけてて…なんか私ら、似た者同士っていうか…」 遥はうつむいたまま、どこか悲しげにそう囁いた。 「そうですか…」 沢村は遥を静かに見つめた。 しばらく安西遥は、そのままうつむいていた。 だが急に、これまで見せたこともないような素直な笑顔を浮かべた。 そして、沢村と玲子に、 「じゃあ。お二人、末永くお幸せに。フフフ」 と言って、一人、駅の方へ去って行った。 玲子はまた顔を赤くして否定していたが、沢村は、自分の専売特許の「フフフ」をやられて、参ったなと思いながらも、母の元に帰る遥を静かに見送った。 そして、しばらくしてから、また玲子と二人、歩き始めた。 終
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