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「もう、警察ってのはどうしてああも人の話を聞かないものなのかしらね」 玲子は脚を組み替えながら、苛立たしげにそう呟いた。 玲子は警察が来た後、第一発見者としてあれこれ証言したのだが、その時見立て殺人の推理まで披露して、刑事にまるで相手にされなかったのだ。 被害者の日立はやはり死亡しており、どうやら頭を殴打されて殺されていたことを知って、玲子は怖気がふるったが、自分の推理を完璧にスルーされたことの悔しさにばかり気が行っていた。 「当たり前だ。トウシロの推理なんて、警察がイチイチ相手にするわけがないだろう」 玲子の前に座っている男は、金髪の髪を鬱陶しげにかき上げながら、ニヤニヤ笑ってそう言った。 「まあ、そりゃそうだけど」 鬱陶しいなら、髪の毛切りゃいいのに… 目の前の男にそう思いながらも、玲子は渋々認めざるを得なかった。 目前の男は、死んだライターの日立のピンチヒッターとして呼び寄せた、別のライターの沢村才蔵だった。 沢村は、かっては玲子と同じ出版社の編集者だったが、会社の不正を告発する特集を組んだことで、社内で圧力をかけられたり抗議が殺到し過ぎた結果、責任を取らされて、数年前に会社を退職した男だった。 今はフリーのライターとして、こっそりこの会社に出入りしている。 金髪の長めの髪は鬱陶しいものの、端正な顔立ちにそれが似合っていないこともなく、長身だからか、遠目には外国人モデルに見える中々のイケメンだったが、玲子は沢村の人を小馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いが、かねてから嫌いであった。 「で、亡くなったライターさんの穴埋め仕事なんだろ。締め切り過ぎてるなら、ちゃっちゃと指示してくれよ」 男は面倒臭そうに、玲子にそう言いながらカフェラテを飲んだ。 「はい、はい。そっちは前に没になった、あなたが書いた記事を載せるから。それを再構成して」 「いやいやいやいや、あれはネタが古すぎだろ。何で俺が今更あんなカビの生えたような記事を載せなきゃいかんのだ?」 「時間がないのよ!」 「あのな、だから今時は雑誌が売れなくなっちまうんだよ。穴埋め仕事丸出しの記事を誰が金払って読むんだよ。だいたい君は、今最大に旬なネタの生き証人なんだぜ。何でそれを記事にしないんだよ?」 「え?事件のこと?」 「当たり前じゃないか。しかも出入りのライターが殺されたんだろ。それを記事にしなくてどうするよ。おい、おい、何年編集者やってんだよ。目の前のお宝放ったらかしにして穴埋め記事なんかやってる場合かよ」 「で、でも、どうすんのよ。それなら、今から上とも話し合わなきゃいけないし」 「上なんて、記事が売れると踏んだら即OK出すんだよ。あいつらは売り上げだけなんだから。そこで自分たちに都合の悪いことが書かれていたら、それがいかに真実だろうと隠蔽しまくり、迫害しまくって没にするけどな。だが死んだのは出入りの業者で、社員の君が第一発見者という善意の第三者なんだ。どこに問題がある?俺が君を第一発見者としてインタビューして、そこで君のチンケな推理を披露すればいいじゃないか。俺がそのチンケな推理を全部受け止めてやるよ」 「チンケとは何よ!人のことバカにして!」 「でもそれが一番手っ取り早くて、一番売れる穴埋め記事になると思うぜ」 「…まあ否定はしないけど」 玲子は沢村のニヤニヤ笑いにムカついていただけだった。 それにチンケな推理と言われたことにも。 「ただまあ、君の推理が一概にチンケだとも言えない部分もあるけどね」 チンケに対してフォローなんか今更いらんわ! と玲子はすぐにまたイラついたが、しかし推理を完全否定されたわけじゃないことが少し気になった。 「一概にって何よ?」 「だから見どころがなくもないってことだよ」 何よエラそうに上から! 玲子はまたカリカリしたが、しかし見どころという言葉にも引っかかった。 「どういうこと?」 「見立て殺人のことだよ」 玲子は、沢村に石川啄木の見立て殺人の推理が警察で全く相手にされなかったことを、さっき愚痴ったばかりだったことを思い出した。 全く、警察ってのはどうしてああも人の話を聞かないものなのかしらね。 こっちは第一発見者という重要証人だというのに。 「でも警察では歯牙にも掛けられなかったわよ」 「まあ普通そうだろ。素人の推理なんか眼中にないだろ。だが少し見どころはある。君は石川啄木の句や本が死体の傍らに置かれていたことが、どういう見立て殺人に通ずると思うんだい?」 「そうねえ、「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねといのりてしこと」って、実は死んだ日立さんの口癖だったのよ」 「何?そうなのか?」 「ええ。なんか腹が立つことがあると言ってたわ。だから、その言葉が気に入らない人の犯行かと…」 「なるほど。悪くないね。もっと有名な啄木の句が山ほどあるのに、わざわざ「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねといのりてしこと」の句が書かれた色紙が置かれていたというのはそういうことかもしれない。となると、被害者が生前、その句を口癖にしていたことを知っていた人物が犯人という話になってくる。君もその一人であり、しかも君は第一発見者というわけだ、フフフフ」 「な、何がフフフフよ!私が犯人のわけがないでしょ!いい加減にしてよ、ったく」 「でも君のチンケな推理からするとその可能性も含まれてしまうんだよ。「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねといのりてしこと」ってのは、まあ簡単に言えば、「俺に一回でも頭を下げさせた奴はみんな死んじまえ!」ってことだ。編集者とライターの関係なら、一回くらい被害者に君も頭を下げさせたことがあるだろ?」 「い、いや、だからって何で私が犯人って決めつけるのよ!」 「いやいや、だからさ、君のチンケな推理からすると、その可能性もあり得るという話をしてるんだよ」 「馬鹿馬鹿しい!」 「しかしまあ、「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねといのりてしこと」なんて句を口癖にしてたなんて、被害者はかなりの性格な奴だったように思えるんだけど、その日立ってライターさん、どういう人だったの?」 「うーん、まあ死んだ人を悪く言いたくはないけど、私生活には色々問題があった人だったようよ」 「なるほど」 「浮気が酷くて、奥さんとも離婚だか別居中だかみたいだし、今回の原稿料だって前借りしてるくらいで、借金が友人、知人含め、かなりあるって話よ。色んなとこから借り倒してほとんど返してないのに、飲み歩いたり風俗通いしたりしてるから怒ってる人もいるみたいで、まあ私生活の話では良いこと聞かないわね」 「なるほど。それで「ローマ字日記」というわけか」 「え?あの死体の横に置いてあった本のこと?」 「そう。そのライターさんの私生活の話、まるっきり啄木の「ローマ字日記」の中身とそっくりだよ」 「ええ、そうなの?」 「「ローマ字日記」ってのは、生前の啄木が奥さんに読まれないようにローマ字表記で書いていた、人に言えないような自身の本音を書き綴った秘密の日記なんだ。そこには、実際、病気になりたいだの、家に仕送りしないくせに女を買ったりしたことやら、会社をサボったことだとか、まあ啄木のクズエピソードが満載なんだよ。それと死んだライターさんの私生活はかなり重なるようだよ」 「はあ…」 「つまり、啄木の、「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねといのりてしこと」という「俺に一回でも頭を下げさせた奴はみんな死んじまえ!」なんて句が書かれた色紙と、「ローマ字日記」が被害者の死体の傍らに置かれていたということは、啄木に関する単なる見立て殺人ではなく、啄木のクズ伝説にまつわる見立て殺人の可能性があるってことだよ」 「はあ…」 「はあ、はあって、話理解してるか?」 「う、うん。つまり、死んだ日立さんの私生活を告発するような、そのことに怒ってる犯人がやった見立てて殺人ってことよね」 「まあ、その可能性がなくもないね」 「ふーむ…石川啄木クズ伝説殺人事件か…」 「お、そのお題、いいね。君へのインタビュー記事のタイトルそれで行こうか」 「ダメ!あんたはそういう露骨なことをストレートにやるからクビになっちゃうのよ」
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