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朝と父さんのノート
次の日、雨はあがって空には再び晴天が覗いていた。
台所へ行くと、母さんが鍋に水をいっぱい汲んで火にかけていた。汗をだらだらと、それこそ床に水溜まりができそうなくらい流して作業をする母さんに、異常さを感じた。
台所は蒸気で酷く蒸していた。
「母さん、おはよう。その、なんかあったの?」
俺に気づいた母さんは、一度手を止めて振り返った。
「ああ、おはよう。もう、水道の水は使っちゃダメよ。朝御飯食べたらお買い物に行ってもらいたいから、お願いね」
水道?
「手を洗ったりするのはこのお水を使ってね」
そう言って、大きな瓶を指差した。
「絶対に町の水路からの水は飲んじゃダメ」
町の水路。ふと昨日行った工場を思い出した。
「触ったりしてもダメよ?何があるかわかんないから」
何があるか?昨日までそんなこと一言も言っていなかったのに?
「お友だちにも伝えてあげてちょうだい。体調が悪かったら家から出ちゃいけないとも」
体調?夏風邪のことか?
今年の夏風邪ってそんなにヤバイのか?
「それとね
お父さん、今朝死んじゃったって」
は、え?誰が
死んだ、って…
時間が止まったかと思った。
部屋の蒸し暑さも、外のセミの鳴き声も、全て消え失せてしまったかのようだった。
俺の心臓の音がだくだくと響いていた。
汗が流れ落ちる。
嫌な、汗だ。
「だ、って、昨日でんわが」
うまく声が出せない。
誰が、しんだって?
「きっとこれから大変なことになるわ。だから」
母さんの声は淡々としていた。
母さん?悲しくはないのか?父さんが
「だからね。しっかりして。
お父さんの意思を大事にしてあげて」
母さんは、泣いていた。泣き声もあげずに。
「わかった。わかったよ、母さん。
俺、ちゃんとする。父さんの分もちゃんとするから」
母さんは頷いて作業を再開した。
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