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バケツを扉の右側に起き、重さから解放されたリルは扉を開けて家の中に声を投げ入れた。小さな家の中にこだました。すると、左手にある台所から声が返ってきた。
「ありがとう、リル。さっそく畑の水やりにとりかかろうかね」
声の主は静かで穏やかである。ひょっこりと台所から顔を出した。
「その前に洗濯物を干さなくっちゃ」
「マーミおばあちゃんはいいよ。わたしがお花たちに水をあげるから」
マーミおばあちゃんはしわのよった顔にまた笑みのしわをよせると、台所に戻っていく。今は朝食の片付けをしているところだ。六〇歳を超えるマーミおばあちゃんは二人分の朝食をつくり、二人分の食器を洗う。リルは水を汲んで、畑に水をやる。これが二人のいつもの朝である。
リルにとってマーミおばあちゃんはたった一人の家族であり、様々なことを教えてくれる先生のような存在でもある。まだ十歳のリルだが、もっと小さい頃に物心ついたときからおばあちゃんと二人で暮らしているので、もうこれが普通の生活だ。リルは自分の母親と父親は知らなかった。
「はやくはやく」
ふと、リルの立つ左手側からまた声がした。プランターの花たちが水を欲しがっている。
「わかったよ」
家の中に入り、すぐにさしかかる食事用テーブルを曲がって棚の一番上に置かれたじょうろを手にとる。玄関までもどるとバケツの水をじょうろの中に入れた。水が満杯になる。
「はい、お水だよー」
じょうろの先から流れるゆるやかな滝はプランターの花たちをうるおした。リルには花たちが気持ちよさそうに葉を広げるように見えた。
「ありがとう!」
そよそよと風に揺られ花は言う。口はないはずなのに、声が耳の中に届くのだ。リルは返すようにほほえみかけた。
「リル、畑もよろしくな」
「はーい」
玄関からおばあちゃんが洗濯かごを持って出てくる。畑はそれとは反対の位置にあった。リルは畑に向かいながらおばあちゃんがかごを運んで腰を痛めないか遠目で見守っていた。
畑に着くと、やっぱりリルへのあいさつが飛ぶ。トマトやきゅうり、これから何かの実をつけるかわからない花たちが、リルのことを待ち望んでいた。
「みんなおはよう、今からお水あげるね」
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