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「もう! またあんななの?」
畑の中から声を男の子に向ける。男の子はまだ笑っている……あざ笑っているだけ。
「だって、花としゃべってんだもん! 相変わらず変なやつ!」
「おかしくなんかない!」
これが普通だもん。
「むしろ、あんたは野菜さんやお花さんとお話しできないの? かわいそう」
男の子はぶっと、腹に堪えていたものを噴き出すような音をたてた。
「できるわけねーだろ。おれの父ちゃんも母ちゃんもできねーよ。本当にリルって変なやつ!」
「へ……」
リルはついにじょうろを落とした。畝を気にしながらも、男の子の方へずかずかと進む。様子に気がついた植物たちは、「リルちゃん」と止めようとするが、リルの耳に入らない。
変なやつ呼ばわりされて、頭にきた!
「わたしは……」
と、同時だった。
「変なやつじゃない!」
リルの叫びが、男の子の耳に入ることはなかった。かわりに男の子の耳に入っていく音は……。
ゴーゴー……すさまじい突風が激しい音をたてながら、男の子の顔を歪ませる。男の子の短い髪は一瞬のうちに乱れ、着ている服のすそも旗のように揺らめいた。おまけに足元まですくわれている。ついに男の子は立っていられなくなった。
「な……なんだよ、これ!」
しかしリルにはなんともなかった。髪も服も、リルの周りに生える植物たちも、とても穏やかだった。「えっ」と口からもらすこともできない。リルの口はぽかんと開いて、ただ目の前の、男の子だけに起こっている出来事を呆然と見つけているだけだった。リルの中で吹き飛んだものといえば、男の子に言おうとした言葉の数々と怒りくらいだ。
「うわー! なんだよ、もう!」
突風がちょっと弱まった。それを髪のなびき方でわかった。急がしそうにする本人もそれに気がつくとなんとかして立ち上がろうとし、どうしても立てなくて四つん這いになりながらこの場から逃げ遠のこうとした。風がなくなったのか男の子は立ち上がり、すぐさま全速力で走り逃げていった。すると、風の勢いはパタリと消えた。さっきまで男の子が立っていた地面の草たちにも平穏が戻った。男の子にだけ吹いた突風に間違いなさそうだ。
「な……なに、いまの」
やっとリルにも声が戻ってきた。目を何度かまばたきさせて……まだ目の前でおこったことが信じられない。リルの後ろにいるはずの植物たちからも、何の声も聞こえてこない。
──まったく、別におかしいことじゃないのに──
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