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水野は麻衣の目を見て、その視線を離してくれない。
「あんたさ、元気に伝えたいって言ったよな。」
…来た。。。でも、何だろう。何が悪かった?
「はい……」
「それ、誰に向かって伝えるつもりなんだ?」
「…?…視聴者の皆様に……」
まだ、何を怒られているのかわからない。
水野は全国天気の原稿を乱暴にとりあげ、麻衣に突き付けると言った。
「『北海道を中心に北日本では荒れた天気』、なんだよ。お前にとっての"皆様"は東京の人間だけか?」
あ……、と口を抑えた。
『東京が晴れて本当に良かったな、って』
と自分は言った。
雨風の吹き荒れる中、その放送を見た北海道の人はどう思っただろうか。
でも、それしか無かったのだ。精一杯絞り出した言葉の中で、一番マシなコメントだったはず。
大体、そんなに怒るようなことなら先に言ってくれれば……
「天気に詳しくないのは俺がなんとかするから良い。ただ、あんたが伝えることのプロだと自分で思うなら、誰に見られているのかくらいは考えて発言しろ。」
自己弁護もむなしく、全面的に自分が悪いことを認識して、麻衣はがっくりと頭を垂れた。
「ま、許容範囲だよ」
トドDが肩をポンと叩いた。
「苦情の電話なんてしょっちゅうだから気にすんな」
カメ田も続ける。
「苦情の電話が来るんですか!?」
…あれだけのことで?
「それが全国放送だ。早めに気付けて良かったな。」
使い終わった原稿をホチキスでまとめながら、水野が言った。
しかし、トドDもカメ田は優しいが、水野がどんなに厳しく麻衣を叱っても止めには入らないということに気が付いた。それだけ水野は信頼されているし、正しいことを言っている。うなだれている場合ではない。なんとかこの状況を打破しないと、これから先やっていけない。
麻衣は顔を上げて水野をしっかりと見据えた。
「今日は、すみませんでした!明日からもっともっと頑張ります。なので……」
水野が、ん?という顔をする。
「なので……何というか……。
仲良く……してもらえませんか!!」
言葉の意味を確認するように、水野が真顔で「仲良く?」と繰り返した。
そして不敵に苦笑いをすると、こちらに近付いて麻衣の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ミーハーにポジティブが加わるとすげー厄介なのな。別にあんたのことを嫌いで言ってる訳じゃない。これは仕事だ。プロ同士、仕事で仲良くする必要があるかは知らんが、せいぜい頑張れよ、麻衣。」
麻衣、麻衣って言った?いま?柴犬じゃなく?
「さ、次の番組の原稿届けてきまーっす、トドDあとよろしく。」
水野はまた別の書式の原稿を持って、お天気室を出て行った。
麻衣はその後ろ姿を目で追いながら、朝から散々に怒られたのに、呼ばれた名前を反芻して、自分の顔が少しゆるんでいるのがわかった。
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