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しかし、打ち合わせの和やかさとはうらはらに、その日の放送は、原稿が全くうまく読めなかった。
言い淀んだり、噛んだり、飛ばしたり、もう踏んだり蹴ったり。二回目の枠までは辛抱強く励ましてくれていたトドDも、三回目の枠を終えて焦りをにじませている。
「麻衣ちゃん、どうした?初日の昨日のほうがよく出来てた。昨日の通りやればいい。」
お天気室に戻る道すがら、トドDは麻衣の手の震えを見ながら心配そうに顔を覗き込んだ。
きっと夢のせいだ、と麻衣は思い出していた。カメラの前に立つと、夕べ見た夢のようにたくさんの人が自分をじっと見つめている様子が脳裏に浮かぶ。誰を向いて話せばいいのかわからなくなる。
『誰に向かって伝えるつもりなんだ?』
その言葉が、水野の声でエンドレスで頭に響いている。
でも、そんなことを言ったら水野のせいにしたようになってしまう。それはダメだ。
「ごめんなさい…あの、立て直すので。。本当にごめんなさい。。」
メイクが崩れるので、絶対に泣いてはいけない。ぎりぎりのところで麻衣は踏ん張っていた。
角を曲がると、お天気室のドアの前に水野が立っているのが見えた。
(ああ、また怒られる…)
泣きそうな顔を隠しながら横を通り過ぎようとしたら、大きい手で右腕を掴まれたのがわかった。
え、と見上げると、水野がトドDに言った。
「10分で戻ります。次の枠の原稿、机にあげてありますから。」
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