1.最悪の出会い?

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 4時半、あたりはまだ暗い。それなのに、テレビ局の中はどこもかしこも煌々と明かりが照っていて、今が何時なのかわからなくなる。  焦げ茶の髪を巻き、ツインテールにしてもらった部分の結び目が痛い。ひらひらのブラウスはやけに胸が目立つ気がする。  24歳、御子柴 麻衣。今日から、全国ネットの朝ニュース『モーニンググローリー』の"お天気お姉さん"としてデビューする。  緊張とワクワクとが入り混じった気持ちで、カーペットの床を足早に歩いていた。  バラエティ番組の中でしか見たことの無かったテレビ局の内廊下は、そこかしこにポスターや、出演者に対する控室の案内などが貼ってあり、雑然としている。歩けば歩く程、モノが増えて、小道具のようなものが扉から飛び出しているほどになってきた。大分局内のコアな部分に来たようである。 「本当に良かったわね、都内キー局でもこの"みらいテレビ"の朝ニュースなんて1番視聴率高いんだから。事務所としてもこの枠に穴を開けるわけにはいかなかったから…あなたを送り出せて嬉しいわ。頑張りなさいね。」  鶴野が、一歩前を歩きながら励ましてくれた。  麻衣が所属する芸能事務所なぎさスタジオのやり手マネージャー、鶴野 真。年齢は45になるが、本人も元は人気のフリーアナウンサーだったため、黒いスーツを着るとまるで美人秘書である。 「はい!秋山さんが骨折してしまって交代になってしまったのは本当に残念ですが…まさか事務所に入って2年目でこんな大役が頂けるなんて思っていなかったので、やり遂げたいと思います。本当に感謝です…!」  口では残念、と骨折で降板になった秋山に気を使ったものの、実際にはそんなこと全く思っていなかった。所属して2年目の芸能事務所に舞い込んだ、朝ニュース"モーニンググローリー"のお天気お姉さん枠。事務所から数人参加した番組のオーディションで受かったのは、自分ではなかった。そのときの麻衣は、またか…と落胆を隠さなかった。  "何をしてもすぐに人並以上に上手になるが、絶対に一番にはなれない"  それが自分のコンプレックス。局アナの面接も、その他の就職活動も、ほぼ必ず最終面接まで行くのに内定が出ない。とうとう一社も受からずに、大学のミスコン(それも結果は”準・ミス”)のツテで紹介してもらったなぎさスタジオに所属することになった。  それがまさか、秋山の担当が始まる3日前に、”階段を転んで右腕を骨折をしたので、代わりにお天気お姉さんになって欲しい”との連絡を事務所から受けた時には、自分の執念が強すぎて生霊が悪さでもしたのか、と勝手に罪悪感を感じていたくらいだ。  自然、カーペットを歩く姿も浮足立ってしまう。 「あまりにバタバタしていたから打ち合わせの暇もほとんどなかったけど、まずは出された原稿を読めばそれで良いのよ。やりながら慣れていけば良いわ。」 「はい…でも私、ちゃんと個性を出したいなと思ってるんです。」  移動用に持った小さいポシェットをぎゅっと握った。麻衣には秘策があった。お天気コーナーで読むための原稿メモを自分で書いてきたのだ。  この仕事を受けると決まったからには、何としてもやる気があるところをアピールしたい。ネットで検索すると、日本の気象予報はほとんど気象庁が発表した天気予報を参考にしているとのこと。それならそれを簡単に要約すれば良い。  器用なことだけは自信がある。それがコンプレックスの一つではあるが、この短期間ではこの長所を生かすのが得策に思えた。もちろん自分で書いたものが全て通るなんて思っていない。ただ少なくともアピールはできるだろう。  (だいたい、どこの局のお天気お姉さんだって、毎日同じようなことしか言ってないじゃない。晴れか雨か。暑いか寒いか。すぐ出来るようになるもん。)  緊張を吹き飛ばすように、一生懸命自分を鼓舞した。  鶴野が急に立ち止まったので、つまずきそうになる。開け放たれたドアの中からは、やはり煌々と光が漏れている。男性が談笑する声が聞こえる。
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