579人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ
6月の始め、月曜の20時過ぎ。水野 竜二は事務所に向かって歩いていた。
水野が所属する民間の気象予報会社【ウェザーテクノ】は、所属100人程度の規模である。民間に予報データを売る技術の事業もあれば、水野のようにテレビ局に派遣される人材を持つ事業もある。
そのため、本社とは別に派遣予報士用の事務所がそれぞれ派遣局の近くにあった。
学生時代から住んでいる本郷の1人暮らしの部屋から事務所までは、電車を乗り継いで30分ほどかかる。移動中は常に、洋楽アーティストのアルバムを聞いている。
ほとんど荷物を持たないので、財布、携帯、プレーヤーのみをポケットに入れ、耳にワイヤレスのイヤホンを突っ込んで手ぶらで歩く。
それくらい身軽でいると、自然と空に目が行く。地上の灯りに照らされて、夜空でも雲が浮かんで見える。早いスピードで低い空を通り過ぎる、煙のようなちぎれ雲。天気が崩れる兆候だ。
巨大な空気の塊が、温度や湿度の差でぐるぐると混ざり合って気象を作り出す。その雄大な景色を思い浮かべる時間が、何よりも好きだ。
目を閉じて、地上から上空に向かって層ごとに天気図を描く。
(地上、九州北部に低気圧の中心、中国南部に伸びる前線。850hPa相当温位、集中域で降水。500hPa、気圧の谷………)
誰かが、"天気予報は連載小説"と言った。それは言い得ている。
毎日動く天気を追っていると、過去からの流れでストーリーのように天気の動きが掴めるようになる。気温の変化も時間単位で頭に入っているので、風邪をひかなくなった。
こんなに身近で、こんなに雑に扱われてる学問もないよな、と常々思っている。番組によっては、星座占いと同じくらいの扱いなんじゃないかと思うようなお天気コーナーもある。その点で、モーニンググローリーのお天気コーナーはそれでも比較的恵まれていることに感謝していた。
ポケットに入れていた携帯が振動する。ちょうど事務所に着いたので、すぐにメッセージを開いた。
最初のコメントを投稿しよう!