3.梅雨は試練の季節

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 水野はラジオブースに入ると、リモートで繋がっているパーソナリティからの音声をオンにして、自分の出番を待つ。 『はい、ここでお天気コーナー。水野さぁん?』 『はい、こんばんわ。水野 竜二の天気予報です。』  6月に入ってから、早くも曇りと雨の日が多くなっていた。既に東海地方まで梅雨入りしており、関東甲信越も明日あたりには梅雨入りが発表されるかもしれない。そんなことを、予報に織り交ぜて説明した。 『さて、水野さんに、リスナーさんから質問が届いているんですが、良いですかぁ?』 『どうぞ』  ラジオ番組は比較的柔軟なので、こうして質問が送られてくることも珍しくない。パーソナリティが読み上げる。 『ラジオネーム、お天気柴犬さんから。』 …ん? …いや、まさかな。もしあいつなら、やってることがアホ過ぎる。 『髪がまとまらないので梅雨が大嫌いです。どうやって乗り越えたら良いでしょうか?』  ほぼ天気と関係ない質問に、またか、とがっかりした。これなら小学生の自由研究の質問に答えるほうが楽しい。  しかし、結局大多数のリスナーは、天気を詳しく知りたい、よりも天気によって自分がどうするか、のほうに興味がいく。それは仕方のないことだ。この仕事をしている限り、自分の趣味を押し付けても意味はない。  リスナー様サマ。彼らが聞きたいことを。  水野は、自分の持てるサービス精神をかき集めて、答えた。 『男性なら髪を短くするとか、女性なら編込み?にするとか、色々試して毎日を楽しむきっかけにするのが良いんじゃないかと。梅雨は意外と長いですから。』 『わ、水野さんは編込みお好きなんですかぁ?』 なんでそうなる。 『いや、あくまで1例として(笑)』  一応ラジオなので、感じが悪くならないように笑って返した。  たった5分の出番は、それで終わった。  …やっぱり表舞台は苦手だ。裏方に戻してくれ。  そう願った。  ラジオブースから出ると、美野里は既に帰っていた。何だか機嫌が悪かったことだけはわかったので、ビルの廊下にある自販機で炭酸レモンのジュースを買い、美野里の机に置いて、局に向かった。
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