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仮眠を終えてトドDやカメ田と打合わせをしていると、4時半には麻衣がやって来た。
「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
その声に振り返ると…
麻衣の髪型が編込みだった。まさか。
「お前……まさか……」
「え、いや、ゔゔん」
麻衣が変に咳払いをした。顔も不自然にひきつっている。やはりお前か。
「おいふざけんなよ、柴犬!」
「いやだって、質問あったほうがラジオ番組って、盛り上がるじゃないですか」
「だからってお前が送ったらただのサクラだろうが。やめろ」
はぃぃ…とあからさまに落ち込んでいる。しかしむしろあのラジオネームでバレないと思った理由がわからない。アホか。
「なんだなんだぁ、お前ら仲良くなったなぁ?」
トドDが満足そうにニコニコしている。いや、そういうんじゃないんだ。
水野はため息をつくと、背を向けたまま言い添えた。
「毎朝会ってんだから、俺に直接聞けよ。」
「え、良いんですか!?たくさん聞きますよ?」
「マシな質問に絞れ」
「えっ…うーん……」
何か考えているようである。また質問されると面倒なので、トドDとの打合わせを再開した。
「おそらく、今日の11時頃に気象庁から関東甲信越、梅雨入りの発表があると思います。ただ憶測なので、朝のコーナーでは可能性だけ言及しましょう。」
「わかった。じゃあ、テロップじゃなくフリップにしとこう。」
「そもそも梅雨入りって、どうやって決めてるんですか?誰が?」
麻衣が急いで席に座ると、ちゃんとマシな質問をして来た。
「梅雨入りは、あくまで気象庁が判断している季節の表現で、かなりブラックボックスだ。"梅雨前線による降水が一定期間続き、さらに今後の予報も雨や曇りであること"とされているが、この"梅雨前線による"、という部分の判断が難しい。同時期に台風が来ていたりすると、確定が遅れることがある。」
「はぁ…」
「だから、『梅雨入りしたと見られる』という曖昧な発表をまず速報する。後日、確定版で修整されることもあるんだ。」
「そっかぁ…まぁ、私とかにとっては梅雨らしかったらもう梅雨ですけどね、まだ梅雨じゃないとか言われても、髪の毛がまとまらなかったらそれは梅雨です。」
麻衣は真面目な顔をして、うんうんと自分の言葉に頷いている。かなり強引な理屈だが、それはそれで一理ある。
現象や言葉の定義が当たり前になっている予報士よりも、視聴者に近い感覚を持っている奴がチームにいるのは、番組作りにとって良いことなのかもしれない。
麻衣を心強く感じている自分がいた。
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