3.梅雨は試練の季節

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 仮眠を終えてトドDやカメ田と打合わせをしていると、4時半には麻衣がやって来た。 「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」  その声に振り返ると…  麻衣の髪型が編込みだった。まさか。 「お前……まさか……」 「え、いや、ゔゔん」  麻衣が変に咳払いをした。顔も不自然にひきつっている。やはりお前か。 「おいふざけんなよ、柴犬!」 「いやだって、質問あったほうがラジオ番組って、盛り上がるじゃないですか」 「だからってお前が送ったらただのサクラだろうが。やめろ」  はぃぃ…とあからさまに落ち込んでいる。しかしむしろあのラジオネームでバレないと思った理由がわからない。アホか。 「なんだなんだぁ、お前ら仲良くなったなぁ?」  トドDが満足そうにニコニコしている。いや、そういうんじゃないんだ。  水野はため息をつくと、背を向けたまま言い添えた。 「毎朝会ってんだから、俺に直接聞けよ。」 「え、良いんですか!?たくさん聞きますよ?」 「マシな質問に絞れ」 「えっ…うーん……」  何か考えているようである。また質問されると面倒なので、トドDとの打合わせを再開した。 「おそらく、今日の11時頃に気象庁から関東甲信越、梅雨入りの発表があると思います。ただ憶測なので、朝のコーナーでは可能性だけ言及しましょう。」 「わかった。じゃあ、テロップじゃなくフリップにしとこう。」 「そもそも梅雨入りって、どうやって決めてるんですか?誰が?」  麻衣が急いで席に座ると、ちゃんとマシな質問をして来た。 「梅雨入りは、あくまで気象庁が判断している季節の表現で、かなりブラックボックスだ。"梅雨前線による降水が一定期間続き、さらに今後の予報も雨や曇りであること"とされているが、この"梅雨前線による"、という部分の判断が難しい。同時期に台風が来ていたりすると、確定が遅れることがある。」 「はぁ…」 「だから、『梅雨入りしたと見られる』という曖昧な発表をまず速報する。後日、確定版で修整されることもあるんだ。」 「そっかぁ…まぁ、私とかにとっては梅雨らしかったらもう梅雨ですけどね、まだ梅雨じゃないとか言われても、髪の毛がまとまらなかったらそれは梅雨です。」  麻衣は真面目な顔をして、うんうんと自分の言葉に頷いている。かなり強引な理屈だが、それはそれで一理ある。  現象や言葉の定義が当たり前になっている予報士よりも、視聴者に近い感覚を持っている奴がチームにいるのは、番組作りにとって良いことなのかもしれない。  麻衣を心強く感じている自分がいた。
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