3.梅雨は試練の季節

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「あのぅ…」  読み合わせが中断された。 「この、『にわか雨の降るところがあるでしょう』、ってとこなんですけど。『降る"かもしれません"』、じゃダメですか?また萩野さんに予報外れた、って言われるの嫌だし……」  麻衣が珍しく原稿に意見をして来た。とはいえ水野に気を使ってか、申し訳なさそうに目をふせている。  確かにここ最近、ゲリラ豪雨なども多く、完璧に予報が当たっているとは言い難い状況だった。ベテランキャスターの萩野は、それをイジるのがウケると思っているのか、執拗に『ほんとに当たるんでしょうねぇ?』と番組内で言ってくる。それが麻衣の負担になっていることはわかっていて、悔しい思いは募っていた。  でも…… 「それじゃ存在価値が無いんだよ」  まさに水野が言い返そうとした時に、珍しくトドDが強い口調で答えた。 「な?」  続きをどうぞ、という目線で水野に目配せする。  そう、このセリフは、初めてトドDとチームを組んだ時に水野自身がトドD言われたことなのだ。ひと呼吸置くと、麻衣にわかるように言葉を選んで説明した。 「視聴者に予報の信憑性を示すことは意味がある。ただそれと、予報が外れるリスクを恐れて言葉を濁すこと、は全く別の話だ。」 「予報士は、その時のデータで最も確からしいと思う事象を的確に言葉にする。降るか、降らないか。"かもしれない"は許されない。判断を視聴者に任せる時点で何も言っていないのと一緒だ。」  そこまで話すと、最後はまたトドDが言葉を繋ぐ。 「だから予報士は、断定するんだよ。断定して、予報が外れて、それで初めて、また次の予報も真剣に考えるんだ。それが彼らのプロフェッショナルだと、俺は思ってる。」  そっくりそのままの言葉を自分に向けて言われた過去を思い出した。気象の専門的なことばかりに気を取られて、原稿に「かもしれない」を入れてしまった時のことだ。  "わからないものはわからない"と逆ギレした水野に、トドDは毅然と言った。"断定しろ"と。  そしてそれが、お天気コーナーの原稿の仕事を初めて面白いと思えた瞬間だった。  しかし、その時に同席していた、麻衣の2代前のお天気お姉さんは、つまらなそうに自分のネイルを見ているだけだった。それが脳裏に焼き付いて、トラウマになった。  もし麻衣もそうだったら、と。  麻衣に対して幻滅するであろうことがわかりきっていて、怖かった。  水野は恐る恐る、手にしていた原稿の隙間から麻衣の顔を覗いた。
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