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しかし麻衣は…
なんと目に涙を浮かべていた。
トドDの顔をじっと見たまま。
「え、ごめん何で泣く?」
強く怒ったつもりはない、むしろ自戒に近い会話だ。予想の斜め上を行く麻衣の反応に、頭がついていかない。
「すいません、いや…ちょっと……」
麻衣は片手で顔を隠すと、もう一方の手の平を水野たちに向けて、ストップのポーズをする。
…ちょっと?なんだ?
麻衣は肩を震わせている。
「……嬉しくて」
「はい?」
まさかのコメントに水野は本気で思考が停止した。トドDと目を合わせるが、あちらもそのようだ。
何も言えなくなり、ひとまず次の言葉を待つ。
麻衣は顔を隠したまま泣き声で言った。
「私、器用貧乏で……何やってもそこそこまで行けたから、何も本気になれませんでした。でもなんか……初めて、プロの仕事を求められているチームの、一員になれているんだって腑に落ちて。そのことがひたすら…ひたすら嬉しいんです。」
まだときおり、ひっくひっくと肩を震わせている。
そこに、非常に気まずそうなカメ田が、綿棒を持って麻衣の肩をツンツンとつついた。
「ほんっとーに、ほんっとうに申し訳ないんだが…目の下拭くときは綿棒にしてね。メイクさん呼ぶから。」
突き出していたほうの手に綿棒を掴ませると、麻衣はきゅ、と握って、顔を隠したままうんうんと頷いている。
水野は、ほっとしたのとあまりのシュールさに、笑いがこみ上げて来た。いや、でも麻衣は泣いている。笑ったらやばい。やばいやばい。
そう思うとますます笑えて来て、水野も片手で顔を隠すと、こっそり肩を震わせて笑った。
「あーっ水野お前笑ってるだろ、最低だぞ、サイテイ。」
カメ田の告げ口。
「えぇっ!?」
麻衣が顔から手を離して水野を見る。
「ひどくないですかこの状況で笑うとかぁっ…信じられないドS…ひっく」
麻衣は泣きながら抗議をしてくる。その顔がまたブサイクで可愛くて、水野はついに爆笑した。
「水野、ちょっと…!」
そう言いながら、トドDも顔が笑っている。カメ田はおそらくわざとであろう、何枚も何枚もティッシュをとりだして、麻衣の前に積んでいる。
ひとしきり笑って、はーぁ、と深呼吸をする。
「お前、可愛いな。」
一瞬の沈黙。
水野は、麻衣が口をあんぐりと開けて自分を見つめているのを見て、口から言葉が溢れたことに気付いた。
あれ、俺いま、何て言った?
ひどく恐ろしい事を言った気がして、水野は記憶にフタをした。
「あー…もう出なきゃ間に合いませんよ。」
水野は急に立ち上がると、パソコンを見るフリをして全員を中継に行くよう急かした。
これが照れ隠しに見られないことだけをひたすらに祈った。
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