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正論なだけに、今度は鶴野の助け舟は無い。悔しいけど、従うしかない。
「…はい。よろしくお願い…します。」
最悪の挨拶だ。初日の出だしにこんな風に躓くと思わなかった。麻衣は下を向いて、しばらく声が出なかった。
それを見て、しばらく黙っていたトドDが口を開いた。
「…確かに、このお天気室は、交代で詰めてくれているプロの気象予報士がいないと成り立たない。うちの局だと、水野が所属しているような民間の予報業者がいて初めて、この部屋は天気予報を放送できるんだ。でも、いま、麻衣ちゃんが言ったことは本質だよ。」
目が優しく笑っている。寒空に差し込んだ暖かい光に、麻衣はすがるような目でトドDを見つめた。
「最近、気象予報士の資格を持っているお天気キャスターがほとんどだ。そういう人のほうが、原稿もほぼいらないし、天気も詳しいから安心だ。」
また胃がキリリと痛む。
「でもさ、朝はやっぱり元気に明るく出かけたいじゃない?だから、明るく伝えるのが専門の子に任せる訳よ。たとえば…」
トドDは水野の肩に手を置いた。水野はまたブスっとした顔をしている。
「こいつも、実は難しい天気の時は、解説で番組に出演するんだけど」
何だ、やっぱりある意味出演者じゃないか。そう思いつつ、黙って続きを待つ。
「顔が良いのに、本番中全然笑わねぇの。だからかっこよさが5割引きだよ、なぁ?」
「俺のカメラの腕でも、笑わないもんは笑わせられないからなぁ」
カメ田さんもははは、と笑う。
「俺は、正しく伝えるのが仕事なんで。」
水野は麻衣と目を合わせずに低い声でそう言った。
そういえばテレビで見たことがあるような…と、記憶をたぐりよせる。確かに夕方のニュースで解説をしていた気象予報士と似ているように見えた。
しかし、目の前にいる水野は、あまりに愛想が悪くて、とても同一人物とは思えない。
「だーいじょぶ、こいつ仕事はほんとに出来るから。お天気の"予想"を、"報じる"で、予報。水野が予想して、麻衣ちゃんが報じる。んでもって俺と亀田がそれをおもしろーく、お天気コーナーに仕上げる。チームなんだがら、仲良くしろよ!」
……あまりに前途多難な課題が立ちはだかったのだ、と理解した。
麻衣は、ははは、と愛想笑いをしながら、唾をごくりと飲み込んだ。
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