581人が本棚に入れています
本棚に追加
「それでは…行ってきますっ!」
トドDとカメ田さんに連れられて、麻衣は部屋を出た。
水野はお天気室に詰めているから、一緒には来ない。放送されたテレビを見て状況を確認する最終チェックの担当らしい。
「いってらっしゃーい」
気の抜けた声で、水野が頭の上でひらひらと頭を振っているのが見える。それだけのことなのに、先程とのギャップで優しくされたような気がして、胸の中が少し温かくなった。
中継場所はテレビ局の外にある、見晴らしの良いデッキだ。空を背景に立ち位置を定める。
「良いねぇ、麻衣ちゃん、テレビ写り最高だよ!笑顔キープね!」
カメ田が一生懸命励ましてくれる。
番組のスタジオでは直前のニュースが終わる頃だ。総合司会でベテランタレントの萩野キャスターが話し終わったら、お天気コーナーに切り替わる。
麻衣は、ここにきて緊張が快感に変わったような高揚感を感じた。
(私なら出来る、私なら出来る、私なら……)
そう頭で呟きながら、自分のデビューの瞬間をなるべく鮮やかにイメージした。
「はい5秒前!4、3、…、…」
2秒から先は、トドDの手のサインのみでカウントダウンされる。カメ田のカメラが私の目をとらえる。いよいよだ。
『それではお天気コーナー、今日から新しく御子柴麻衣ちゃんが伝えてくれます。麻衣ちゃーん!』
萩野キャスターが中継に向かって呼びかけた。
「はい!始めまして、御子柴麻衣です!今日からお天気をお伝えします、よろしくお願いします!」
トドDがカメラの横で、両手で大きく丸を作っている。出だしは順調だ。
「それでは全国のお天気をお伝えします。
昨日まで東日本に雨を降らせた低気圧が北上し、北海道を中心に北日本では荒れた天気となりそうです。一方、東日本と西日本は………」
本番になって改めて、先程水野が言った意味がわかった。
"水野さんの原稿で私は話すことができている"
そのことを痛感した。
お天気室に帰ったら、まず謝ってお礼を言おう。そう思った。
最初のコメントを投稿しよう!