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「ええええええ!? お前その顔どーしたん!?」
教室に入った途端、自分の席の周りが何やら騒がしかった。朝から大声を出すのは勘弁してほしい。ろくに眠れていない頭にガンガン響くから。
「あー……ちょっとな。鉄拳制裁くらった感じ?」
その声の主に、私の心臓はドキリと音を立てる。どうやら騒ぎの中心にいるのは平岡くんのようだった。
「はぁ!? 何だよそれ! ていうかそれ! ホントに大丈夫なのか!?」
「うん。そんなに痛くないし平気だよ」
机に鞄を置いて、人だかりが出来ている隣の席をチラリと見やる。……と、隙間から見えた平岡くんの姿に思わず息を呑んだ。
無駄な肉のついていないシャープな左頬には、真っ白いガーゼが貼ってあった。剥がれないように透明なテーピングが十字に貼ってある。よく見ると、その頬はぷっくりと赤く腫れているようだった。まるで誰かに殴られたような怪我だ。優等生の彼がこんな怪我を負って学校に来たとなれば、周りは驚きを隠せないだろう。もちろん、私も吃驚したし。
「顔に怪我するなんて何があったんだよ! 喧嘩か!? カツアゲか!? 事件か!?」
「あー……違う違う。これは俺の不注意でさ、ちょっと転んだだけだから」
「転んだぁ!? 嘘つけ! どうやって転んだらそんなとこ怪我すんだよ!? えっ、てか顔面から行った!?」
「んー、そんなとこ。正確にはよそ見してたら電柱に顔から突っ込んで気付いたら左頬が腫れただけなんだけどね?」
「お前どんな歩き方してんの!?」
私の血の気がどんどん下がって行く。
まさかとは思うけれど……平岡くんのあの怪我って、由香が殴り込みに行ったんじゃ……?
私は思わず額に手をやってゆらゆらと首を振った。由香ならやりかねない……というかむしろやる。絶対にやる。あれは有言実行するタイプだから。
痛々しい白いガーゼをチラチラと盗み見ていると、ふいに平岡くんと目が合った。
平岡くんは一瞬はっと驚いた顔して、それから少しだけ、ほんの少しだけ、私に向かってぎこちない笑みを浮かべた。それは人の壁に阻まれすぐに見えなくなったけれど、私の胸を締め付けるには十分すぎる出来事だった。
彼の笑顔を見たのはいつ振りだろう。たったそれだけのことなのに、目頭のあたりがじんじんと熱くなってくる。
私は誤魔化すように授業の準備をしようと机に手を突っ込んだ。……カサリ。紙の感触がして教科書ごと引っ張ると、中から白い紙が一枚出てきた。半分に折り畳まれたそれには「放課後、体育館裏」という短いメッセージ。丸っこい可愛らしい文字とは反対に、敵意と悪意が溢れ出ている。一瞬、デジャヴュを感じた。この字には見覚えがありすぎる。
おかげで出そうだった涙はすっかり引っ込んでしまった。
水色のシュシュとポニーテールを頭に思い浮かべながら、私はひとつ溜息を吐いた。……一体何を言われるのだろう。もう一度深い溜息を吐き出して、白い紙を鞄にしまった。
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