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その日私は、昼休みに図書室から借りて読み始めたミステリー小説の続きがどうしても気になって、誰もいない教室で熱心に本と向かい合っていた。 家に帰る時間すら勿体ない! 今すぐに続きを読んでしまいたい! と思うもどかしくもわくわくするこの気持ちは、おそらく読書好きの人間にしか分からないのだろう。 私は時間が経つのも忘れて、その小説を夢中で読んでいた。
*
ガラリという教室のドアが開いた音で顔を上げると、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。
壁掛け時計に目を向けると、針はもう五時半を指している。
HRが終わって約二時間。正直、そんなに時間が経っているとは思わなかった。
部活に所属していない私にしては随分と遅い帰宅時間になりそうだ。
時計から視線を逸らすと、ドアの前に立っていた人影が目に入る。
百八十センチ近くある高い身長に前髪長めの黒髪、左目の下に小さく存在する泣きぼくろが印象的なその人物には見覚えがあった。
──平岡彰。私の右隣の人物である。
平岡くんは前髪の隙間から見える綺麗な瞳に、ハッキリと私の姿を映していた。
数秒の間、お互い無言で視線を通わせる。彼の顔を真正面からきちんと捉えるのはおそらくこれが初めてだろう。わずか数秒のその時間が、何故だか酷く長い時間に感じられた。
ふ、と私から視線を外した平岡くんは、汚れのない上靴をキュッと鳴らすと、ゆっくりこちらに近付いて来た。正確に言えば私の隣の席に、だが。
それにしても、彼はこの時間まで一体何をしていたのだろう。制服のままだし、少なくとも運動部には入っていないみたいだけど。まぁ、私には関係ないことか。
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