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「平岡くん。これ落としたよ」
ピンク色の封筒を持った右手を差し出しながら、私は平岡くんに声をかけた。我ながら随分と事務的で冷たい声である。
きょとん、とした表情で私を見つめる平岡くんは、何が起こったのかよくわかっていない様子だった。
それもそうだろう。私が自ら誰かに話しかける事なんて滅多にないのだから。
そういえば平岡くんと話をするのも今回が初めてだな、と彼の前髪に隠れた垂れ目を見ながら思った。
平岡くんは手元の封筒と私の顔を交互に二回ずつ見比べると、感心したようにぽつりと呟く。
「……へぇ。成瀬さん、俺の名前知ってたんだ」
そりゃあ、いくら私だって一ヶ月以上狭い空間で同じ時間を過ごしてきたクラスメイトの顔と名前くらいは把握している。ましてや彼は隣の席なんだから尚更だ。それより私が驚いたのは──
「……平岡くんこそ。私の名前知ってたんだね」
平岡くんがまったくクラスに溶け込んでいない私の名前を知っていた事の方である。驚いている私を余所に、彼は当たり前のように言葉を続けた。
「もちろん。ちゃんと知ってるよ。成瀬栞里ちゃんでしょ?」
面と向かって自分のフルネームを言われるのがなんとなく気恥ずかしくて、私は躊躇いがちに首を縦に振った。
「そりゃ、同じクラスで隣の席だし、それに」
彼はそこで言葉を区切ると、チェシャ猫のように不敵に笑う。
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