序章 ーHe lives somewhere now... I must go to there. ...Part1

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序章 ーHe lives somewhere now... I must go to there. ...Part1

夕暮れの雑踏を掻き分けながら二人の男はせまい路地に逃げ込んだ。 一人は背の高い三十代半ばの黒人の男、もう一人は東洋系の顔立ちの良い若い青年である。 黒人の男はパーカーを着てジーンズを履いており、青年は白いワイシャツに黒の長いスーツパンツをはいていた。黒人は禿頭、青年は少し長めで毛先が所々はねた黒髪だ。 激しく息をきらしている黒人の男は水が入ったペットボトルを一気に飲み干し、荒々しく口を手でぬぐって傍らの青年に声をかける。 「はぁっ……助かったぜ。一時はどうなることかと思ったが、お前のお陰だ」 そんな男とは逆に息切れさえしていない青年は「いえ、たいしたことはしてませんから」と落ち着いた口調で言った。 「もしあの時、お前が刑事をやり過ごしてくれなかったら……俺はこれを得られなかった。つーか、捕まっちまうしな」 男は自分の手の中にあるビニール袋に入った少量の白い粉をうっとりとながめた。……そう、ドラッグだ。 青年はそんな男の様子を一瞥し、さらっと声をかける。 「……交換条件、覚えてますね?」 「あぁ、もちろんさ。でも本当にこんなもんでいいのか?」 男がポケットから取り出したのは夜行列車のチケット。それを受け取った青年はしっかりと確認し、 「……充分です」と、かすかに笑った。 本音を言ってしまえば、こんな男の近くからは一刻も早く離れたい。 青年が手を貸したのはあくまでこのチケットを得るためであって、犯罪者の手助けがしたかったわけではないのだ。 黒人の男はたぶん、彼を犯罪者の味方だろうと勘違いしている。それは青年自身にも予測がついていた。 だからこそだろう。 ふと男は何かを思い出したように口を開く。 「あぁそうだ、お前とさっき話していた女が居ただろう」 「……アマンダさん、ですか?」 アマンダとは、青年がこの街に来たときに道案内をしてくれた気さくな女性のことだ。 男はその名前を聞いてうなずき更に質問する。 「アイツはお前の知り合いか?」 「いえ、数時間前に出会ったばかりだったので特に親しくはないですが」 「そうか、それなら良かった」 男の言葉に青年はいぶかしげな表情をする。 何がよかったというんだ。 「なぜ、そんなことを聞くんです?」 その青年の問いかけに、待ってましたとでも言うように男は答える。 「これから殺すからだよ」 「……は?」 「アイツは俺と敵対してる男の女なんだ。アイツを殺せばいい見せしめになる」 敵対してる男の絶望した顔を想像してるのか、男は楽しそうに残酷なことを言う。 ……目つきを変えた青年に気づかずに。 青年の記憶の中で、アマンダとの会話が繰り返される。 『……私ね、今子どもがお腹にいるの。最近わかったことなんだけどねぇ……』 彼女は嬉しそうに、後に生まれる子どもと、そして夫と一緒に旅行に行きたいと話していた。 これで青年の先ほどの予測は裏付けられた。この男は青年を犯罪者の味方だと考えている、と。 そうでなければ、殺人予告なんてするわけがない。 この男は今、馬鹿なことをした。 青年は静かに口を開く。 「この世界の『正当防衛』は、殺人する可能性が高いと判断すれば例え殺人予告であっても適応されます。そしてそれが過剰防衛であったとしても許される。警察関係者のみ、の話ですが。知ってますか?」 青年の言葉を聞いた男は気づく。 己の間違いと、『正当防衛』と『過剰防衛』という言葉が示す、この後起こる自分の末路を。  「う……ウソだろ、だってさっきは俺を助けて……」 「……『口は災いのもと』って、言いますよね?」 その直後、青い光が路地を包んだ。 *** 人だかりができた路地の近くに三人の刑事がいた。 彼らは先ほどの青年と同様に白いワイシャツを着て、黒のスーツパンツをはいている。 一人は三十歳で無造作なオールバックの黒髪を持つ背の高い男……刑事のゲイル・ガルシア。 あとの二人は彼の部下である。 部下の片方の背丈は標準(だがしかし周りの身長が高いので小さく見える)、少しハネた金髪を持つ男、ラスティウス・フォルカ。 もう一人は背が高めで紺色の髪を持つメガネをかけた男、シリウス・レイター。 この部下二人は共に二十二歳だ。 この三人がなぜここにいるのかというと、殺人事件が起こったからである。 ラスティウス・フォルカ……通称ラスは、今さっきその現場の状況を地元の警察から聞いたところだった。彼ら三人はここから遠く離れた都会のロンドンから任務のために来たため、この地域の人間ではない。 「ラス! どうだった?」 ゲイルがたずねるとラスは軽い敬語を使って答えた。 「ん~と、どうやら地元の警察が追っていた薬物所持の男が遺体となって発見されたみたいっスね。担当の刑事から許可をとったので俺たちも見に行きましょう」 その言葉にゲイルとシリウスはうなずき、三人は現場がある方向へむかった。 すると、彼らに気づいたのか地元の刑事がやってくる。 「ガルシア刑事! 良いところに来てくれましたね、わざわざ警察本部からいらっしゃるとは我々も驚きました……」 「任務の途中でこの街に立ち寄っていたところなんだ。任務の性質上、旅をしながらこうやって地域の色んな事件に首を突っ込んでいる」 彼らの任務……それはある青年を追うことだ。だがこの話を一般人に話すと混乱を起こしかねない。 なにしろ、非現実的なのだから。 任務の内容を細かくは言わずに簡単に身の上の説明をして、ゲイルは現場に向かう刑事の横に並んで歩き始める。二人の部下はその後に続いた。 刑事との会話は続く。 「そうなんですか……。いやぁ、ここらは普段殺人なんてめったに起きない地域なんで久々に緊張してしまって。お見苦しい事件現場なのですが……」 刑事の言葉にゲイルは「いいや」と首を横に振り、苦笑を彼に向けた。 「最近は警察の組織自体が壊れたせいで今や警察は『なんでも屋』扱いだ。地域部や刑事部とかいう括りも無くなって色んな事をさせられるから本部の奴らも日々奮闘してるよ」 「そうなんです。この前通報が来たときなんて『飼い猫が居なくなったから探してくれ』ですよ? 馬鹿にしてるとしか思えません」 ゲイルの言葉にうんうんとうなずきながら愚痴をこぼすあたり、彼も色々奮闘しているのだろう。 それを感じ取ったゲイルは、あまり愚痴を言わせ過ぎたらこれから仕事に精が入らないだろうと考えて話を戻す。 「では、早速遺体を見せてもらおうか。死因はわかっているか?」 「あぁ、それが……死因がわかっていないのです」 地元の警察と話しながら現場の路地に入った、そのとき。  ――カッ! 「!」 部下のシリウスはすばやく反応して足並みをとめた。そして自分の左斜め上のコンクリートの壁を見る。 そこにはカードが、『突き刺さって』いた。 「……先パイ、これは」 シリウスはそのカードを取ってゲイルに見せる。 ゲイルはそれを見て目を見開き、「メッセージカードだ」と、そう言った。
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