金魚すくい

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「神域で殺生をすると、小鬼にされるよ」  私が生まれ育った町には、そんな古い言い伝えがあった。  似たような話は、きっとどこの田舎にもあるだろう。嘘をついたら舌を抜かれる。悪い子は鬼に攫われる。  昔の子どもたちはみな、年寄り連中からそんなふうに脅されたものだ。言い方は違えど、要は子どもに悪さをさせないための方便に過ぎない。  神域というからには神社の周りだろうね。  鎮守の森もかな。  少し離れたところにある道端のお地蔵さんのあたりはどうだろう? 「神域」の範囲についてはときどき子どもたちの間で話題になったが、大人に聞いても明確な答えは返ってこない。ただ、大人たちが境内では蚊も叩かないことから、神社の辺りがそうなのだろうとぼんやりと理解はしていた。  定義が曖昧で、現実味(リアリティ)に欠ける伝承。しかし、その言い伝えが暗喩や誇張でないことを、私は知っている。  なぜなら私は、夏祭りの人混みの中で、小鬼になった兄をこの目で見たのだから。
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