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 君たちは時間管理警察というものを知っているだろうか。  これを読んでいる君たちの時代からすれば遠い未来に組織された機関であり、名前の通り過去現在未来の時間を管理し、時間に関する犯罪を取り締まる。方法と機材さえそろえれば時間への干渉が可能となったこの時代に、歴史をひっくり返しかねない時間犯罪への対策は各国の政府が率先して行っていった。二ホン政府は警察庁管轄の下、その時間管理警察という組織を立ち上げたのだった。  定員2000人。本部組織は時間管理部、生活支援部、総合捜査部、警備部に分けられ、まだ一般人にはほとんど普及していない時間移動の技術をサポートしたり、その悪用の対策において中心にもなる。  そして、創立から20年ほど経過した今、時間管理警察設立以来の大事件が起こったのだった。  時は西暦2×××年。都に置かれた東京時間管理警察署を揺るがす凶悪な事件が明るみとなった。真っ白な婚約指輪ケースを連想させる立派なつくりの建物である署内に対策本部が置かれ、年末の大掃除のようにあわただしく、しかし行き交う職員の顔は緊張感で満ちていた。その対策本部の入り口の扉にかけられた掛け軸のような白い紙にはこう書かれていた。 『3時盗難事件対策本部』    事件の概要はこうだ。  まず、被害者はこの国全ての人間である。確認はとれていないが、全国、いや世界でも影響があるのかもしれない。まだ正確な規模はつかめていないが、すでに出ている被害届が今後さらに増えるのは確かだ。  そして肝心の被害の内容だが、『3時が盗まれた』とのことだ。  もう一度言おう。『3時が盗まれた』のだ。これは比喩でも何でもない。時間が2時59分59秒になったら、1秒後に4時00分になっているのだ。あらゆる書類やデータから3時に起こったことの記録がなくなっていることもわかった。特に被害が大きなところは「2時の次は4時でしょ」「なんか時計の文字盤の2と4の間によけいなものが付いているなあ」といったように、人々の頭から3時の概念そのものが消え去っていることもあった。一部では3時に出生したと思われる人々の行方が分からなくなっている、という通報もある。  そしてこの事件には首都の時間管理警察犯罪捜査官――通称『時捜』のほとんどである総勢200名以上が動員された。まだ立ち上がったばかりの組織であるため、余分ともいえる人数配置には各所から常々非難が上がっていたが、ここで初めてその数を活かした規模の捜査が開始されたのだ。  この男、タカヤマも今回召集された時捜の一人である。所内の中庭にある喫煙スペースで最近止めようと思っている煙草をふかしている彼は、今回の事件の捜査にかなり気合を入れているらしい。先日は何かの拍子で別の時代に飛ばされた飼い猫を探す際に、出来心で拾ったキセルをこっそり持ち帰ったことがバレて、かなりの始末書を欠かされたらしい。この一服はそんな自分との決別だ、というのが彼の言い分である。なんせ事件の規模が規模である。個人の時間をいじくるならまだしも、下手をすれば国家規模にまで及ぶ事件は前代未聞である。加えて犯人が単独犯なのか組織的犯行なのかも分かっていない。  そこからの緊張感もあるが、やはり時捜の一人としては一刻も早くこの事件を解決し多くの皆様に時間的安全をお届けする、という使命感がこの男にはたぎっているのだ。 「……おっしゃ」  男タカヤマ32歳。くたびれたスーツの襟を正せるだけ正し、喫煙スペースの扉を開けるのだった。  時捜の捜査は基本的に二人一組で行われ、大半はベテラン時捜1名に新人時捜1名といった配分である。ベテランと言っても年代的には30代後半が大半である。時間干渉装置(通称TMデバイス)や時間固定デバイスの新技術の使用が求められるので、機械に弱い世代は軒並みデスクワークや捜査の指揮へ固まっているのだ。タカヤマは現場としては年数を重ねているほうだが、さらに長年捜査を続けているナカオという時捜と組んでいた。 「ナカオさんナカオさん」 「何だよ」 「言っちゃあなんですが、こっちの捜査してていいんですか」 「こっちじゃない捜査でもあるのかよ……ああ家内のことか」 「そうですよ。あの綺麗な奥さん、この前浮気してるの分かったって言ってたじゃないすか。ナカオさん、今回の仕事だけじゃなくて、最近は熱心に捜査であちこち駆けまわっているそうですが」  都内のビル群の中を歩いていた二人だったが、ナカオの足がピタッと止まる。振り向いたタカヤマはやっぱりかという顔をしたが、すぐにナカオは追い抜いて行ってしまった。 「俺ン中では離婚するって決まってるから、あとは弁護士に丸投げしてきたよ。だから今は女房のアナより時間テロ犯を追っかけるほうが先だ」 「上手いこと言えてないような気がしますね。」  この二人は現代における都内の一部地域の捜査を担当している。今のところこの国では、都内において時間的被害が集中しているため、捜査は都内の時間軸の10年前後を目安に行われていた。時間を盗む……つまり時間に干渉したということは、犯行現場に取りこぼしのような3時の欠片が波として残っているはずである。タカヤマたち捜査官にとってはペンケース程度の大きさの機械を使って、その波を追っていくのが捜査の第一歩としている。 「……全然反応がないんすけど」 「そりゃ、都内って広いからな」 「もっと楽な方法ないんですかね。こう、薄暗い部屋にたくさんディスプレイがあって、広い範囲を一気にぴぴぴぴぴと検索できるようなの」 「あったらすぐ導入されてるだろ。時間を盗むのも装置を使っての現場作業だし、なら探し出すのも足を使わなきゃなんねえ。まだそんな時代じゃねえんだよ」 「畳みたいな板に乗って時間移動の時代もしばらく来そうにないですね」 「マンガの中だけだ、あれは」  その時、ナカオの懐から音楽がまろび出る。時間干渉の波を捉えた音かと思ったが、ナカオが取り出した携帯端末の着信音だった。 「……ちょっとすまん。先生さんからだ」 「はいはい」  先生……弁護士のことだろうか。  ナカオは少し離れて通話を始めた。タカヤマは波を追う装置を振り回して遊んでいた。本人としては大真面目な打開策なのであるが、もちろん戻ってきたナカオに拳骨を落とされた。 「壊したらまた始末書モンだぞ」 「その節はすいませんと思ってますよ?」 「まあでも、よくあれが始末書程度で済んだな。別時間のものを持ちかえるなんて下手すれば記憶消去のあとに解雇だぞ」 「向こうの時代の腰痛持ちのおじいさんを手伝って、その時にもらったものをそのまま持ち帰っちゃいましたって書いたら何とかなったっす」 「だとしてももう止めろよお前……」 「わかっています。で、さっきの電話は急用とかじゃなかったんですか」  ナカオはガシガシと後頭部を掻き、今までの捜査でもタカヤマが見たことがないくらい色々な感情が入り混じった顔をした。 「明日、裁判所で女房と間男と俺で離婚調停の話をするからその最後の確認さ。だから明日はお前だけで頑張れ」 「マジですか。……あー、まあ仕方ないですね。」  などと言っておきながら、タカヤマの内心は気だるさ2割、残りすべてはウキウキだ。 「すまねえな。あとで時間固定デバイスのユーザーお前にしとくから。今日の終わりに忘れていたら言ってくれ」 「うっす」  明日は一人で捜査。確かに面倒ではあるが、それはそれで気が楽に仕事ができる。明日は煙草が好きな時にふかせる。  そしてこの日が、タカヤマにとってナカオと最後に会った日となった。
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