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第二章 前進
「診断書と意見書ですが、来月にはお渡しできますよ」
「ありがとうございます」
僕は、先生から、検査結果を文書にまとめていただいたものを受け取ると、お礼を言った。
「桂木さん、ホルモン治療についてですが、されると言うことでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「わかりました。女性ホルモン製剤には、筋肉に注射するものと、内服薬の二種類に分けられます」
「はい」
「内服薬と注射とありますが、どちらにされますか?」
「金曜日の夜でしたら、注射を受けに来れますが」
「筋肉に注射するので。お休みの前の日の方がいいですね」
先生は、僕に、ホルモン療法の説明をしてくれた。どういう効果が現れるのか、どういう副作用が現れるのかも説明をしてくれた。
「では、診断書と意見書が出来る再来月から、ホルモン治療を始めましょうか」
「はい」
「最初は、2週間に一回、2アンプルを注射します、2~3ヶ月おきに、血液検査をします」
「はい、わかりました」
「受付で次回の予約をして下さいね」
僕は、診察室を出ると、待合室で雑誌を読んでいた。その時、中待合に向かう女性と目が合った。169cmある僕より、6cmは優に高い、顔立ちもどことなく男性っぽさがある。恐らく、僕より先に、ホルモン治療をしているかもしれない。僕は、それとなく視線をそらした。向こうもそれとなく、視線をそらし、中待合室に向かった。受付で呼ばれ、会計を済ませ、クリニックを出た。
「ちゃんと父さんや母さんにも話さないとな。僕が、女性になりたいってこと」
僕は、書店に寄った。書籍検索のタブレットに検索項目を入力し、検索をした。医学書のコーナーに性同一性障害に関する書籍があると知り、僕は、医学書のコーナーに向かい、精神疾患などのインデックスの場所で、性同一性障害に関する書籍を見つけた。その中で、いちばんわかりやすい書籍を選び、その本を手に取ると、レジに向かい、購入した。
「桂木さん、診断書と意見書、出来ましたよ」
「ありがとうございます」
「ホルモン治療に関してですが、本当に行われますか?」
「はい、僕は、女性として生きていきたいです」
二ヶ月後、僕は、先生の言葉に迷うことなく答えた。僕はもう、自分を偽りたくない。女性として生きたい。女性として恋をしたい。
「わかりました。二週間後から、注射を開始しましょう」
「ありがとうございます」
僕は、先生に一礼すると、診断書と意見書を受け取ると、二週間後、予約を入れた。家に帰ると、僕は、女性として生きていくはじめの一歩を歩めることになった安堵からかベッドに横たわった途端、眠ってしまった。目が覚めたら、朝だった。
「桂木さん、今日から、ホルモン注射を始めますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
24歳の誕生日を迎えた、金曜日の夜、僕は、会社を定時で上がり、クリニックに来た。待合室で座っていると、番号が表示されたので、中待合に向かい、診察室に入った。先生と話をし、奥の処置室に入った。処置室では、看護師が、注射の準備をしていた。
「桂木さん、臀部に注射しますので、お尻を少しだけ出してくださいね」
僕は言われるままにした。看護師は慣れた手つきで、注射を打った。注射は2アンプル。同じ場所には続けて打たないとのことで、注射を打つごとに場所を変えるとのことだった。
「お風呂は入っていただいて大丈夫ですよ。ただし、体を洗う際に、強くこすったりしないで下さいね」
注射を終えると、僕は、ズボンを上げた。処置室を出ると、待合室で呼ばれるのを待っていた。
「桂木さん、次回は二週間後になります」
会計を済ませ、次回の予約を入れると、クリニックを出た。帰りに、駅ビルの中にある、セレクトショップを覗いた。そこには、可愛らしいワンピースやスカートがあった。
「彼女へのプレゼントですか?」
「ええ、まあ」
「お決まりになりましたら、お呼び下さいね」
「ありがとうございます」
店員さんが話しかけてきた。僕は、曖昧な返事をした。正直、複雑な気持ちだった。
「自分が着る」とは言えないし、もし、着ると言えば、今の僕の姿では、怪訝な顔をされることが目に見える。いつか、着られるようになりたい。僕は、そう思いながら、ショップを後にした。
「一回目終了、はじめの一歩を踏み出せたな」
何回か、ホルモン注射を重ね、血液検査の結果も特に問題はなく、一年が過ぎた。僕は、25歳になった。
「父さんと母さんになんて話そう。理解してもらえないことは解ってる。でも、ありのままを伝えるしかない」
このとき、両親に告白したことで大きな波紋を投げかけてしまうことに、僕はまだ、気づいてはいなかった。
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