第三章 告白

1/1
前へ
/6ページ
次へ

第三章 告白

「お世話になりました」  僕は、私物を整理し、デスクの周りを整理すると、周りのひそひそと話す声を背中に、会社を後にした。会社を辞めたのは、僕が、精神科のクリニックに行っているのを目撃した、同僚が、会社に告げ口をしたことからだった。僕は、直属の上司とその上に呼ばれ、事情をすべて話した。僕がトランスジェンダーであることも包み隠さず。会社としては、一身上の都合で退社して欲しいとのことだった。退社して欲しいと言われるのも無理もない、日本では、LGBTに理解のある企業なんて数えるほどだ。 「息苦しさは楽になったかな」  僕は、付き合っていた彼女とも別れた。彼女を抱くことが出来なかった。 彼女にトランスジェンダーであることを告白したとき、「なんとなくそんな気はしてた」とあっさりと言われたことに正直、拍子抜けした。 「いちばんの難関は、父さんと母さん、光に事実を告げることかな」  僕は、帰りの電車の中で、ため息をついた。僕の家族構成は、父、母、そして五歳年下の弟光がいる。 「父さん、母さん、話があるんだ」  帰ってから一息ついた僕は、リビングでくつろいでいる両親の前に来た。 僕は、深呼吸を一つすると、顔を上げた。 「僕は、性同一性障害だと言われました。僕の場合、体は男で心は女。その自覚は、小、中学校の時からありました。おかしいと確信したのは、大学二年の時でした」 「京一」 「京ちゃん、あなた」 「会社にも告白して、退職しました。今、ホルモン治療を開始してます」  僕は、そこまで両親に告げると、ため息をついた。僕は、僕の本来の人生を歩みたい。男としての偽りの人生ではなく、本来の女性としての人生を。 「会社を辞めたって、京一、何を考えてるんだ」 「分かって欲しいんだ。父さん」 「そんなことが理解できるか!」 「父さん、分かって欲しい、僕は僕の人生を歩みたいんだ」 「今、歩んでいるじゃないか。就職もして。順風満帆じゃないか。何が不満なんだ」 「僕は女性として生きていきたいんだ。それが本来の僕だから」 「男のままで生きていくことは出来ないのか」 「僕はこれ以上自分を偽って生きていくことが出来ません」 「彼女はどうするんだ」 「別れました。僕の体と心の性別が一致してないことを告白しました。彼女は薄々気づいていました」 「勝手にしろ。風呂に行ってくる」  僕と父の話し合いは平行線をたどった。父は、話を打ち切り、浴室に向かった。僕も自分の部屋に向かい、家を出る支度をした。早朝、僕は、誰にも気づかれないように家を出た。 「始発で出て来たのはいいけれど、不動産屋さんがあくまで時間があるんだよね。どうしようか」  家を出てから、僕は、始発で東京へと向かった。この日は、不動産屋の開店時間をネットカフェでつぶし、不動産屋で敷金、礼金ゼロの物件を紹介してもらい、内見の後、契約書を交わした。場所は、吉祥寺。家賃も50000円ほどの所だった。家具や家電もあり、体一つで住むことが出来ることにほっとした。退職金が振り込まれるのが、一ヶ月後。 「新生活か。まず、バイト探さないとな」  部屋に入ると僕は、息を吐いた。荷物を置き、部屋を出ると、あたりを散歩した。近くにコンビニがあり、アルバイトを募集の張り紙が張ってあった。 「あの、すいません」 「いらっしゃいませ。何か?」 「表の張り紙を見たんですが」 「少々お待ち下さいませ。店長を呼んで参ります」  僕は、レジにいた若い女性に声をかけた。年齢は、弟と同じ歳ぐらいだ。彼女はバックヤードに向かうと、店長を呼んできた。年齢は僕より、4~5歳上と言った印象の男性だ。 「アルバイト希望の方ですか?」 「はい」 「では、明日は私が休みですので、明日の夕方6時に履歴書を持ってきていただけますか?」 「わかりました、ありがとうございます」 「こんなところにショッピングセンターがあるんだ。自炊するには困らないかな」  僕は、店内で履歴書とノンアルコールビールを買うと。店を後にした。ホルモン治療中のため、お酒を控えることにしたためだ。コンビニを出てから、アパートとは反対側に歩くと、ショッピングセンターがあり、その中に証明写真機があった。僕はそこで写真を撮ると、アパートに戻った。 「名前、どうしようかな。桂木京子にするか」  僕は、履歴書を書き始めた。ホルモン治療で少し膨らんできた胸を見ながら、女性の名でアルバイトをすることにした。 「いらっしゃいませ」  一週間後、僕はコンビニでアルバイトを始めていた。三ヶ月は研修という形でシフトに入ることになった。シフトに入ってから、一ヶ月後、レジにも慣れ、夜勤も経験した。研修が終わり、僕は朝9時から夕方五時のシフトで、月曜から金曜日の週5日入ることになった。金曜日は、バイトを上がり、クリニックへ。そんな生活を続けていた。 「バイトも大分慣れたな」  バイトを始めてから半年。労働時間の関係から、健康保険と雇用保険、年金に入ってくれと言われた。それは、給与から天引きとのことだった。 「いらっしゃいませ」 「よく頑張るね、いくつ?」 「26になります」 「若いね」 「ありがとうございます」  バイトを始めてから一年、お客さんと会話を交わしながら、レジを打つ。こんなことがとても楽しい。主婦のお客さんや若い女性からも使っているメイク用品のことなどを聞かれるようになっていた。 「彼女は俺に気があるんだよ!」 「な、わけねーだろ!」  バイトを初めて、二年になったある日のこと、僕がいるレジの前でお客さん同士でけんかを始めてしまった。一緒に働いている男の子が間に入って止めようとしているが、ますますヒートアップしていった。間に入って止めていた男の子が、首からかけている非常ボタンを押し、警備会社の人間と警察が来て、けんかは収まった。 「桂木君、けんかの原因が君だって聞いたけど」 「すみません。ご迷惑をおかけしました」  僕は、良くしてくれた店長に迷惑をかけてしまったことから、バイトをやめた。少しずつではあるが、蓄えがあるから、当座はどうにでもなる。が、 退職金には手を付けたくなかった。性別適合手術の費用に充てたかったからだ。 「はぁ、次からどうしようか」 「あんた、何やってるの?」  ショッピングモールの前で途方に暮れていたとき、僕は一人の女性に声をかけられた。 「え、わたし?」  僕は、その女性の顔を見た。背も高く、胸もあった。迫力美人といった感じの女性だった。 「あんた、もしかして元男?」 「なんで、それが」 「わかるわよ。同じような匂いがするもの」 「まだ、オペはしてませんが」 「ちょっとお茶しない?」  僕は、その女性に誘われるまま、モールの一階にあるカフェに入った。彼女は、イタリアンカプチーノを、僕は、ほうじ茶ラテを頼んだ。これが、僕がこれから働くことになるショーパブ「ウェアバウト」のオーナーママ椎名玲子との出会いだった。 「今、何やってんの?」 「無職です。少し前までコンビニで働いていたんですが、私が原因でお客様がトラブルが起こってしまって、辞めました」 「そう、だったら、うちで働く気ない?うちさ、女の子が辞めちゃって。キャスト募集中なのよ」 「あ、あの、あなたは?」 「あ、自己紹介が遅くなったわね。私、こういう者です」 「ショーパブ『ウェアバウト』オーナー、椎名玲子」  僕は、渡された名刺を見た。住所は新宿二丁目にある。 「私がスカウトした子が多いのよ。まあ、キャスト募集の張り紙できた子もいるけどね」 「そうなんですか?」 「そうよ」 「働かせてください。そこって、寮はありますか?」 「あるわよ。店から、歩いて10分ぐらいの所に。オペ代も稼げるわよ」  玲子さんは、僕を店で働かないかと誘ってくれた。僕は、二つ返事で了承した。その日は、翌日にでも写真付きの履歴書を持って来て欲しいと話をし、別れた。翌日、僕は、面接をすると、契約書を書いた。それから三日後、契約切れと同時に吉祥寺のアパートを出て。玲子さんのお店の寮に入ることにした。寮と言うには、あまりにも綺麗すぎるマンションだった。 「奈々子ちゃーん、梨乃ちゃんのヘルプ入ってくれる?」 「はーい」  玲子さんのお店で働き始めて、半年が経った。顔と名前を覚えてもらうため、ヘルプとしてほかのキャストさんの席に着くことが多いが、毎日がとても楽しい。女性として働けている。それがとても幸せだった。この店で、僕は、折原奈々子という源氏名をもらった。 「奈々子ちゃん、どこの化粧品を使ってるの?」 「私ですか?えーっと、下地とお粉はチャコットを。ファンデーションはエスティのダブルウエアです」 「肌、超綺麗」 「ねえ、奈々ちゃんって、彼氏いるの?」 「え、あ、あの……」 「ごめんなさい。この子、入って日が浅いから、口説かないでね」 「えー」  別の人のヘルプに着いていたとき、女性のお客さんに聞かれた。僕は、素直に答えた。そうしたら、一緒に来ていた、男性のお客さんに声をかけられた。正直、コンビニでバイトしていたときのことが頭をかすめ、声が出なくなってしまった。席に着いてくれていた先輩がフォローしてくれた。僕は、ほっと安堵の息をついた。 「かれんさん、ありがとうございました」 「あたしもさ、ああやって固まっちゃったときあってさ、その時に、マリアさんや、ゆりかさんに助けてもらったからさ。気にしないで」 「ありがとうございます」 「手術、いつするの?」 「うーん、年明けにはと思っています。28歳の誕生日に手術をしようかなって思ってます」  閉店後、僕は、かれんさんにお礼を言った。かれんさんも同じ経験があったとあっけらかんと話してくれた。 「胸はいつ入れたの?」 「胸ですか?胸はまだ」 「胸も下もだと大変よ。先に胸を入れて、それから下って順番の方がいいわよ」 「胸も同時だと大変なんですか?」  かれんさんから豊胸手術と性別適合手術は別にした方がいいとアドバイスをもらい、僕は寮に戻った。 「先生、豊胸手術を受けられるお医者さんを紹介してもらえませんか?」  金曜日、ホルモン注射の日。このとき僕は、クリニックの先生に相談した。 「でしたら、性別適合手術は、山梨の大学病院に紹介状を書きますね。豊胸手術の方は、都内のクリニックに紹介状を書きますね」 「ありがとうございます」 「では、紹介状と診断書と意見書を用意しますので、一週間ほど、お時間いただけますか?」 「はい、分かりました」  先生と話した後、処置室でホルモン注射を受け、診察室を出た。外来で次の予約を入れ、クリニックを後にした。一週間後、紹介状と診断書と意見書を持って、僕は、新幹線で一路、山梨の大学病院に行った。形成外科の受付で紹介状と診断書を預けると、待合ソファに腰掛けた。一時間ほどして、呼ばれ、担当の先生と話をした。 「性別適合手術をなさいたいと紹介状に書いてありますが」 「はい、戸籍変更をしたいと思い」 「分かりました、手術の方法としては」   先生は、反転法で手術を行う方リハビリが一般的に厳しくないとのこと、女性と同じ感覚を得られるとのことで。そちらで行うことにした。その為に、手術までの間ホルモン注射を休止する必要があるとのことと、先生は話してくれた。僕は、この病院で手術を受けることを決めた。 「よろしくお願いいたします」  先生は予約を入れた。病院を出てから、僕は、来てすぐのバスに乗り、甲府駅に向かい、駅ビルの中にあるタリーズで軽く昼食を取った。 「豊胸手術をされたいと」 「はい」  一週間後、僕は、精神科の先生に紹介された、美容外科クリニックの診察室にいた。入院は不要で。二、三日でお店に出られるとのことだった。僕は、先生と話をした。 「これだと、走っても横になっても自然ですよ」 「これ、良さそうですね」  先生が勧めてくれている、シリコンインプラントを実際に触ってみたりし て、良さそうな感じを覚えた。サイズとしては、Eカップぐらいにしたいと話をした。クリニックを出てからの足取りは軽かった。また、一つ女性に戻れる喜びをかみしめていた。が、それと同時に、向き合うべき問題にも直面をしていることを、僕は知らずにいた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加