第4話

1/1
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/33

第4話

 今日は月曜日だから、週に一度の昼出だった。  店に到着すると、フロントのソーマが「お疲れさまです!」と言いながら頭を下げた。  うちの店には裏口というものがないから、堂々と待合室を闊歩して個室へ向かう。待合には四人の客がいて、決まり悪げに下を向いて座っていた。私が横を通っても、誰も顔を上げようとしない。  ソーマが私の後をニヤニヤしながらついてくる。暗く細い廊下の先、一番奥の個室の扉を開けると、するりと入り込んできたソーマは私のお尻をいやらしくなでながら耳元でこんなことを言った。 「俺、見ーちゃった。昨日もつ鍋屋でデートしてただろ。あれ、客? 店外ダメって知ってるよね? 男に飢えてんの? だから俺がいつでも抱いてやるってゆってんじゃん 」 指が忙しく動いて短いワンピースをたくし上げる。そのまま三角の二枚の布を結びつけるひもの端を引く。するとそれはするりとほどけて足元に落ちた。あらわになった肌を、ソーマはわしづかみにして左右に揺らした。 「客じゃないよ。パチンコ屋でナンパされたの。お願いだから外で会っても声かけてきたりしないでよね。あとお尻触んないでくれる? ソーマが商品に手をつけたって、店長に言いつけてもいいの?」 「やめてよ俺が殺されたら後味悪くない? しかしみさきってナンパとか一蹴するタイプなのかと思ってた。嬉しそうに飲んだくれてたな。で、あのデカい兄ちゃんとはやったの? あいつちんこもデカそーだよな。どうだった? やっぱり男はサイズ、ですか?」  またソーマの『サイズ』発言だ。 ソーマは自分の『サイズ』が小さいことを異様に気にしている。背の低い小猿のような男だけど、ソーマが気にしているのはもっと局所的な部分の『サイズ』だ。行きがかり上一度見たことがあるけど、本当になかなかないぐらいに小さかった。 「ばか。そんなんじゃない。着替えるから出てって。内線で助け呼ぶわよ。『変態にしつこくされて入れられそうです』って」 「まあ今日もそんな目に遭わないように俺がしっかり見張っといてやるよ。このキレーな乳首噛み切りたい例の客が予約してきてるから。あーみさき俺の女になればいいのに。こんなとこでおっさんの汚えちんこ咥えてなくてもさ。俺が養ってやるって言ってるだろ?」 「あんたの給料なんかじゃ思う存分スロット打てないじゃん。胸触んないで。ほら予約は何本? 間で休憩とるから時間押すけど文句言わないでよね」  ソーマは最後にぎゅうぎゅうと私の胸をもんだ。 「みさきさん、今日もよろしくお願いします!」とボーイの優等生みたいにして頭を下げて出て行くけど、もまれた私の胸はじんじんと痛い。  いちいち絡んできて面倒な男だけど、ソーマというのはこの店の最古参だ。発言力があるから、あまり無下にすると危なくなった時に助けてもらえない。本当に店長に言いつけて半殺しの目に遭わされるのもかわいそうだから、私はソーマに何を言われても適当にいなすことにしている。  いらいらするから着替える前に一服する。ノーパンのままベッドに腰を下ろしてバッグの中の煙草入れを取り出す。ヴィトンのもの。これは、客からのプレゼントだ。 細い細いカプリに火を点け煙を胸まで吸い込む。ソーマは連続で八本の予約が入っていると言った。げっそりするけど仕方ない。昨日負けた七万円を、取り戻さなくちゃならない。煙を吐きながら思う。  ソーマなんかと結婚したら、一生パチンコ屋に出入りすることなんかできない生活が待っているんだろう。一日に七万円もサンドに突っこむことができるのはこの仕事をしているからだ。ここを辞めれば私はもうスロットを打つことができない。スロットどころか毎月の返済も不可能だ。だから私が『相馬愛』になることなんかは、なにがあっても絶対に起きうるはずがない。  じゃあ、雅ならならどうだろう。ソーマの何百倍も優しい愛撫で、ひと晩のうちに私を何度もイカせた雅。苗字は確か『五十嵐』と言った。  私が温めておいたあの台は、今日はどうだったんだろう。私の為にいもしない敵と戦おうとした雅が、楽しくバトルボーナスを消化してる様子を想像する。朝の玄関先で雅はこう言った。 「愛ちゃんはもう俺のだってちゃんと言うから、俺も一緒にそいつに会わせて……」  ……まあ、それもありえない話か。  昨日初めて名前を知った。見かけることぐらいはあった。だらしないジャージの長身男と、生真面目そうな短髪の和風男。  どちらかと言えばよく目に付いたのは和風男の方だった。あまり表情を崩さず淡々と打っていて、にぎやかなホールの中で一種異質な存在だった。まるで修行僧みたいだと、彼を見るたび私は思った。  何を考えているのかわからない。話してみたいと思っていたけど、その前に雅が割りこんできた。これで『茅場孝太郎』だなんて想像通りの硬い名前をしたあの男と、私がどうにかなることは百パーセントなくなったということだ。  そこまで考えて笑いがこみ上げてきた。何を考えているんだろう。いくら自分の苗字が嫌いだからって。風俗嬢である私には、『売野愛』というこの名前が一番似合っている。  今日も仕事をこなして日払いをもらおう。明日ホールに行けるように。そこで会った雅は、また私の部屋に来ようとするんだろうか。私はまた雅とセックスをしてしまうんだろうか。 「『えっち』はしないよ。仕事だから」  誰に言うでもない言い訳をして、私はカプリを灰皿に押し付けた。さあ、着替えよう。私は今からこの店のナンバーワンヘルス嬢、みさきになる。  明日の軍資金を稼ごう。それを持ってスロットを打ちに行こう。  今暮らしているここは地元じゃない。だから知り合いなんていない。友達も、当然誰ひとりとしていやしない。  二十一歳の私の交友関係は、世間と比べればあまりにさみしい。でも私は、それを気に病むことなく日々を暮らしている。  私にはあの四角い箱の前に座ること以外、したいと思えることなんか何ひとつない。
/33

最初のコメントを投稿しよう!