千草にしだく虫の音の

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花の終わった秋草は、それでもどんどん茂って私たちのムクロを覆い隠してしまう。その陰で秘かに「九相図」が繰り広げられる。九相図とは、人が死んでから骨になるまでの肉体の変化を、9段階に分けて克明に描いた仏教画の一種。脹相、壊相、血塗相、膿爛相、青瘀相、犬に喰われる相、散相、骨相、焼相。49日かかるそうだ。文字にして並べ立てると物凄い。が、これは生から死への「更年期」。これら自然の変遷を待たずして、現代では死んだら焼相までひとっ飛びだが、私はそれを一つ一つこなすことにちょっと憧れる。生きている人には恐ろしく見えるその変遷も、秋草は隠すでも無く隠してくれるだろう。 そうっとしといてね、怖かったらのぞかないでね。 草むらの間で秘かに、しかし着々と九相をこなしホネになったころ、虫たちもしんと黙り、月はますます冴え冴えとしてもう冬だ。私の骨を月が照らすなんて、なんてロマンチックなことだろう。 さて、この話を息子にしたら「残された人の迷惑も考えてよ」と言われた。ごもっとも。どうぞ一気に火葬にして下さってけっこうです、死んでるのできっと文句は言うまい。(完)
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