独裁者の憂鬱

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 これは、生活、文化、文明を始めあらゆる点においてすべてが極まった、はるか未来のお話。  人生120年といわれるほどに医療・福祉は充実し、本来であれば誰もが幸せに、そして健やかに長寿をまっとうできるだけの進化を遂げた時代……にも関わらず、貧富、差別、宗教紛争、内紛、クーデター、戦争は、やはりというかなんというか、なくなることはなかった。  そして、当然独裁者の存在も。  その独裁者とは、歴代ひとつの血筋の者が支配し続ける某国の王で、その気性の激しさと暴虐ぶりは当代一と言われるほどの冷血漢。徹底した管理体制と容赦なき粛清という恐怖政治で部下と国民を押さえつけ、自らの地位を確立していた。  誰の目にも堅固な王政を敷いているようにしか見えないのだが、反面独裁者本人はというと盤石になるほど、極まるほどにさらなる硬みを欲し続けた。そう、アリどころか空気の入る隙間も許さない、密度100%の完璧な防衛システムを。 『誰かがワシを狙っている。もっともっと強固なシステムを築かなければ』  守るべき資産が貯まるほど、さらなる欲求が膨らむほど、そんな気持ちはますます高まった。  そしてそんな思いが、ある究極兵器の開発を厳命させることとなった。    それは、保存プログラムに記載されていない生体を一瞬ですべて抹消するという殺戮兵器。  独裁者とは、読んで字のごとく頂きに一人君臨するだけの存在だ。各国にいる自称トップの存在など認めようはずもない。  有事の際には敵を一網打尽とし、我が身を守るための最終兵器が必要であることを自覚させたのだった。  そしてこのプロジェクトは、大車輪で進められた。  携わる技術者たちは完全に隔離して、外部のあらゆるのものとの接触が断絶された。いうまでもなく極秘の任務であるのだから、関係者以外に知られるわけにはいかないからだ。  そしてこの開発にあたり、急遽、巨額の投資が必要となったので税金を50%までに上げことにより多くの国民の生活は逼迫し、脱出を余儀なくされる人が後を絶たなかった。  が、その大多数は国境で射殺されたり、途中で野垂れ死んだり水難事故に巻き込まれるなど、志半ばで息絶えることがほとんどで、生きて他国、もしくは祖国の地を改めて踏める者はいなかったのだが、もちろんそんなことなど独裁者にとってはなんら心痛むことではなかった。  言うまでもなく、それら独裁者の意に反する不穏分子なんぞは、さっさと死んでくれたほうがよい。殺戮兵器に余計な処分をさせる負担が軽くなるので、かえって好都合というものとしか思われなかった。  さて、そうこうしているうちに殺戮兵器は完成した。  独裁者には、そこにかけられた技術や賭された犠牲、巨額の費用などにはまるで興味も関心もない。あるのはただ一点。この殺戮兵器が確かなものかどうかということ。それだけだ。  完成したのは手のひらサイズのデバイスで、握り心地もよく、手に馴染む。  ピストルにしてもナイフなどの近接武器にしてもそうだが、握りやすさというのは兵器として大事な要素であることを再確認した。  そして殺戮兵器を手に満面の笑みをたたえつつ、さっそく実験してみることにした。   「皆のもの、ご苦労であった。この功績については国民からも深く讃えられるであろう」  拍手。  珍しく労いの言葉をかけた。  そして目前の、整然と並んでいる技術者の中のひとりに声をかけた。 「同士よ、貴様はなんという名だ?」  声をかけられた男は、独裁者からの問いかけられた驚きと喜びで緊張しながらも誇らしげに名乗った。 「そうか、よし。ご苦労であった。では、さっそく貴様を使って、この殺戮兵器のこけら落としをしてみるとするか」 「えっ!?」  絶句。そして場が凍てついた。それは実験台に名指しされた者だけではなく、当然その場にいた全員に感染した。これまでの独裁者の振る舞いは嫌というほど見ているだけに、ただならぬ緊張感が空間を支配した。 「なんだ、貴様? ワシのために命を投げ出せぬと申すのか?」  震え上がる指名された技術者。悲鳴など出せないので、溢れそうな嗚咽を無理やり飲み込み、目一杯に涙をためていた。  そんな技術者の姿になどに一寸の憐憫もかけることなく、独裁者は悠々と技術者たち一瞥し、 「では、その誉れある実行者は……同士よ、お前に託そう」  そういって無造作に選んだ技術者にデバイスを手渡した。  引きつりつつ、それを受け取る技術者。自らの創造物とはいえ、その死神の手触りはかくも冷たいものなのかと戦慄した。 「さっそく使い方を教えてくれ。ワシは機械が苦手でな」  悪魔のような笑みを口元に寄せ、操作することを促す。  哀願の眼差しで訴えかける実験対象者、そして苦渋の決断を迫られる実行者。 「んん? なんだ? この装置は実行するのにこんなに時間がかかるものなのか?」  この上ない恐怖を含む催促は、もたもたしていると「お前も実験台になりたいのか?」という危うさすら匂わせていた。実行者は急ぎデバイスで対象者の名前を指定し、対象者には死を、それ以外は生存に設定。準備が完了すると、きつく目をつむりつつ、震える指先で「OK]のボタンを押した。 すると、 「バタッ」  実験台となった技術者は、その場に突然倒れ込んだ。外傷もなく悶絶する間もないままに。技術者の仲間たちは悲鳴を噛み殺して、慄く恐怖心を我慢している。この場において目立つようなことなどは、当然できるわけがないのだから。  そんな技術者たちを尻目に、一人愉悦の表情を見せる独裁者。 「ふむ、素晴らしいぞ。この装置は確かな働きをすることが証明された。改めて、ワシからも礼を言おう。なお、殉死した技術者は二階級特進とする」  デバイスを受け取り、満足げに一堂を見渡しながら独裁者は感謝を伝えた。  それもそのはず。これさえあれば、念願の世界の王に君臨することができるのだから。  ただし、使い所を間違ってはいけないと独裁者は強く思った。  この殺戮兵器の存在が知れれば、他国に真似されないとも限らないからだ。誰かが作ったということは、他の誰かも作れるということ。切り札とは一度しか切ることが出来ないから切り札なのだから。この点、よくよく考える必要があるな、と独裁者は思った。 「ところで、この始末した方法についてだが細菌などによる感染の心配はないのか?」 「その心配は一切ございません!」  技術者代表の男が即答した。  技術的な話の詳細はわからないが、指定した者のみを確実に殺し、他には害を一切及ぼさない装置であるということは理解した。 「ふむ、そうか。では、ご苦労」  その場を後にする独裁者の後ろ姿を見守りながら、技術者たちは「もしかしたら我々は、とんでもないものを作ってしまったのでは……」と一様に激しく後悔した。  が、すでに時遅しであった。
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